街道をひた走り、宝箱を見つければ跳ぶ。
背中に乗せた人間が悲鳴をあげてもお構いなしだ。

もう怖い思いをすることはない!
チョコボは魔物が退治された喜びを体全体で表現してくれた。

「どうした。はやく降りてこい」
「ちょ、ちょっと待って……」

ミヘン街道の終着点。
一足先にチョコボから降りた皆が門へ歩いていく中、彼女だけがいつまでもチョコボから降りてこない。
それを訝しんだアーロンが声をかけると、ゆきはのろのろと顔をあげた。

「チョコボってこんなに揺れるんだね……」
「今日は特別機嫌がよかったからな。おかげで予定より大分早く着いた」
「それはよかったけど……うう、気持ち悪い」

まだ体が揺れている気がして、ゆきはうめき声をあげた。
青白い顔でチョコボから降りようとするが、どうにも動きがおぼつかない。
そうこうしている間にユウナ達との距離はどんどん開いていく。

「……」
「わっ」

ため息をついたアーロンが、ゆきにむかって手をのばした。

強い力で引っ張られて、ゆきの体がチョコボからずり落ちる。
間近にアーロンの顔が迫る。
思わず目をとじると鍛えられた腕に抱きとめられ、地面に降ろされた。
ゆきが自分の足で立ったのを確認してから、大きな手が離れていく。

「次は自力で降りてくれ」
「う、うん。ありがとう」

なかなか降りてこないゆきに痺れを切らし、抱き下ろした。
彼にしてみればなんでもないことだっただろう。
しかし自分と違う逞しさを感じたら、意識してしまうのが女心というものだ。
突然の出来事に吐き気はふっとび、心臓はドキドキいっている。
ゆきは動揺を悟られないように、へらりと笑った。

「二人とも、おいてくぞー!」
「行くぞ」

むこうでティーダ達が呼んでいる。
先に歩き出したアーロンを追うように、慌ててゆきも歩き出した。
火薬の匂いが鼻をつく。
門をくぐると空気が変わった気がした。



シンをおびき寄せてアルべド族の兵器で倒す。
展開されていたのは、予想以上に大きな作戦だった。

「機械を使うのか」

エボンは機械の使用を禁じている。
その機械を使った討伐隊の作戦を、エボンの老師が黙認しているというのだ。
教えに背いたとしても志は同じだから。
ただの視察。
ユウナやルールーの言葉を聞いても釈然としないワッカが、頭を抱えている。

「本人に聞くんだな」

アーロンの言葉に顔をあげると、誰かがこちらに歩いてくるのが見えた。
スタジアムで見かけた、あのシーモア老師だ。
一行のそばにやってきたシーモアは、涼しい顔でワッカの疑問に答えている。
立場は違えど志は同じ。
シーモア・グアド個人として声援は惜しまない。

「……」

視線に気付いたシーモアが、穏やかに微笑んでみせる。
不躾に彼を見つめていたことに気付き、ゆきは慌てて頭をさげた。
なんだろう。
彼の言っていることはとても素晴らしいのに、どこか違和感をぬぐえない。
ゆきは頭をさげながら、背筋が寒くなるのを感じていた。

シーモアの誘いで一行が作戦司令部に到着すると、周囲は物々しい空気に包まれていた。
人々が慌ただしく行きかい、作戦の準備が進められていく。

「なんだか、居心地悪いね」
「そうだね……ユウナ、寒くない?」
「ありがとう。大丈夫」

ぎこちなく笑うユウナに気付いて、ティーダがやってきた。
君の出番だ、青年。
そう心の中でエールを送って、ゆきはユウナのそばを離れた。
不安な時は、安心できる人と一緒にいるのが一番だ。

一人、あてもなく司令部内を歩いてみる。
さっきまで晴れていた空には、いつのまにか灰色の雲が広がっていた。

「嫌だな……」

来る途中で会った、ルッツのことを思い出す。
彼は悲しそうに笑っていた。
この先起きること全てを受け入れた目をして。
なんとか、生き残ってほしい。
暗雲のたちこめる空を見上げながら、ゆきはそう願った。

「不安ですか」

不意に声をかけられて、はっとする。
周囲の気配に気づかない程、物思いにふけっていたらしい。
シーモアがゆっくりとこちらへやってくるところだった。

「シーモア老師」
「どうか、そうかたくならないでください」

ゆきが慌てて礼をすると、シーモアは困ったように眉尻を下げて微笑んだ。

「お名前をうかがっても?」
「……ゆきといいます」

シーモアの艶やかな声はよく通る。
ゆきが名乗ると、シーモアは嬉しそうに目を細めた。
近くでこうして顔をあわせると、彼は本当に整った顔立ちをしている。

「ゆき殿。スタジアムであなたの見事な戦いぶりを拝見しました。あなたもユウナ殿のガードを?」
「いいえ。今だけ一緒に行動している、ただの旅の者です」
「おや、旅の方でしたか。私もこの目で各地を見てまわれたらいいのですが、なかなか機会がなくて」
「お忙しいですものね……」

うう。どうやって話を切り上げよう。
そう思いながらゆきが視線をさまよわせると、視界の端に赤い服の男が見えた。
アーロンだ。岩肌にもたれかかって、腕を組んでいる。

「グアドサラムにいらした時はぜひ私の館へ。歓迎致しますよ」
「ありがとうございます」

もう一度頭をさげて、ゆきはその場を立ち去る。
小走りでそばに近寄ると、アーロンもちらりとゆきを見た。

「びっくりした……。全然気配に気づかなかったよ」
「老師相手に随分だな」
「うーん、こう言っちゃなんだけどなんか苦手で……って、アーロンもさっきそっけない態度とってたじゃない」
「忘れたな」

話を聞きたいと言ったシーモアをあしらっていたことを思い出す。
ゆきが不服そうに見上げると、アーロンはふっと笑った。
シーモアの声は美しいが、アーロンの低い声も色気があって好きだ。
耳に心地よくて、どこかほっとする。
ふう、とため息をつくと、ゆきもアーロンの隣で岩肌にもたれかかる。

「……シン、来るかな」
「来るさ。必ず」

大勢の人の命を奪ったものがやってくる。
ゆきは海を見つめながら、無意識に両手を握り合わせた。



キノック老師の合図で作戦が開始された。
コケラの空気を切り裂くような悲鳴とともに、檻が破られた。
コケラが飛び出したのを見て、身構える。
何度か攻撃を加えてみると弱点が見えてきた。
どうやら頭部は火に弱いらしい。

つくづく、この世界に音素が存在してよかった。
こうして力が使えるのはありがたい。
ゆきとルールーが放った強烈な炎に襲われ、コケラが崩れ落ちる。
その直後。
コケラの背後に広がる海が、ざわついた。

とてつもなく大きな何かが海から顔を出した瞬間、一斉に砲撃が開始される。
両足に伝わる振動が、砲撃の激しさを物語る。
しかしどれだけ攻撃を受けても、苦しがる様子ひとつ見せない。
あれが、スピラを恐怖に陥れる存在。

「シン……」

無意識につぶやいた声は、震えていた。
大気がざわつき、シンの周囲にエネルギーが集まる。

「来るぞ!」

アーロンの叫び声に弾かれるように駆け出す。
その瞬間。
シンの放った光が人間を、大地を、すさまじい力で消し去るのを見た。





ゆきが目を覚ましたのはシンが去った後だった。
もうろうとする意識の中、あたりを見回して息をのむ。
目に飛び込んできたのは、あちこちに横たわる遺体だった。

絶望感が漂う海岸で、ユウナは舞っていた。
亡骸から無数の光が抜け出て、空へと昇っていく。
これだけの数の死者を送り届けるのには時間がかかる。
休むことなく舞い続けるユウナの姿に、胸がしめつけられる。
キーリカの人々もこうして送られたのだろう。
美しく、悲しい舞いだった。

キーリカの皆を苦しめたシンに、一矢報いてやる。
シンが姿を現すまではどこかにそういう気持ちもあったのに、結局は身を守るのに精一杯だった。
皆、何も言えずにいた。
無理もない。
シンは圧倒的な強さを見せつけ、去っていった。

「先輩……!」

悲痛な声にゆきが顔をあげると、ガッタが泣いていた。
彼がすがりついているのはルッツの亡骸だ。
服は破け、あちこちに痛々しい傷を負っている。
ガッタの怪我も、決して軽くはないのが見てとれる。

生き残った者達の疲労の色は濃く、怪我人も多い。
シンの力で跡形もなく消し飛んだ者も多く、辛うじて形をとどめた亡骸も損傷が大きい。
彼らが家族の元へ送り届けられる時のことを思うと、胸が痛んだ。
大切な人のために戦ったのに、このままではあまりにも不憫だ。
せめて傷を癒して、綺麗にしてやりたい。

「……」

ユウナは苦しげな表情で舞い続けている。
それぞれが今できることを精一杯やっている。
それなら、私も。
私にできることをやりたい。

不意に立ち上がったゆきを、ティーダが見上げた。
小さな子どもが迷子になった時のような、泣くのをこらえているような顔だった。

「女神の慈悲たる……癒しの旋律」

生者も死者も、周囲にいる人々を余すことなく包み込めるように。
ゆきは大きな大きな方陣をイメージする。

「リュオ レィ クロア リュオ ズェ レィ ヴァ ズェ レィ……」

歌とともに、あたりが輝き始める。
体だけでなく、心まで癒せたらいいのに。
そんなことを思いながら、ゆきは喉を震わせた。

「っ、おい」

ふらついたゆきを、アーロンが片手で支える。
ガッタが驚いたようにこちらを見ていて、ユウナが心配そうにこちらへ駆けてくる。
彼らの顔色が先程よりもいいことに安堵する。
ガッタは勿論、そばに横たわっているルッツの傷も綺麗に癒えている。
その顔は満足げに微笑んでいるようだった。

スピラのため、大切な人のために命を散らしたこと。
無駄だなんて言えない。
ただ。

「生きててほしかった……」

ぽつりとつぶやいた言葉は、波音に消えていった。




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