スタジアムでの騒ぎは、シーモア老師の活躍によって収束した。
あれだけの数の魔物がどこから入り込んだのか、原因は究明中らしい。
原因がわからないというのは気持ち悪いが、ひとまず死者が出なかったことは救いだ。
カフェで話した女性とも会えたが、怪我もなく元気そうで、その姿にゆきは胸をなでおろした。
誰かが傷つくのは悲しいし、それが見知った人間ならなおさらだ。

「ポーションにエーテル、携帯食料……よし、こんなものかな」

購入した物をしまいながら、街の出口を目指す。
街のめぼしいところをまわってみたが、結局ゆきの欲しい情報も得られなかった。
荷物から地図を取り出し、眺めてみる。

「……とりあえずミヘン街道をぬけるか」

成果がなかったからといって、落ち込んでも仕方ない。
旅の支度も整ったのだから、世界の各地をまわってみよう。
そう自分に言い聞かせて街を出ようとしたところで、ユウナ達と再会したのがつい先程のことだ。

縁とは不思議だ。
どこで繋がるかわからない。
ユウナと一緒に歩きながら、ゆきはしみじみ思った。

ユウナを守るように、キマリが少し前を歩く。
少し後ろではティーダとワッカが何か話していて、ルールーが時折呆れたように声をかけている。
アーロンは一行の背後を守るように一番後ろを歩いていた。
ミヘン街道は一本道。
互いの行き先が一緒なら、大勢で行ったほうが安全。
そう言うユウナの誘いに甘え、ゆきは一行と行動することになった。

「何の話してるんすか」

ティーダがひょいと覗き込んでくると、ユウナが楽しそうに笑った。
一人旅だったはずが、急に賑やかになった。
その賑やかさに少しの安らぎを覚えて、ゆきも目を細めた。

ミヘン街道を歩いていると、道行く人々から色んなアイテムをもらった。
ユウナを見る皆の目は、期待に満ちている。
彼女は大召喚士の娘なのだという。

「ユウナさま。ナギ節つくってくれる?」
「はーい。楽しみに待っててね」

ユウナは小さな女の子と目線を合わせるようにかがみ、微笑んだ。
ここまでの道すがら、大勢の人とすれ違った。
召喚士。討伐隊。
めざすものはただひとつ。
彼らの胸には、強い決意が宿っていた。


アーロンが休んでいくと言ったことで、一行は旅行公司に立ち寄ることになった。
ミヘン街道は長い長い一本道。
そろそろ疲れてきたところだったので、ゆきにとってもありがたい提案だった。

「ふう……」

シャワーを浴びたらすっきりした。
汚れを落として体も十分温まり、少し暑いくらいだ。
夕食まで少し風にあたっていようか。
旅行公司から出ると、もう夕暮れ時だった。
出入り口のそばにワッカが座り、近くにアーロンが立っている。

「ワッカ、体の調子はどう?」
「おお、ゆき」

ゆきに気付いたワッカが、二カッと笑って見せる。
元気そうにふるまっているが、やはり少し無理しているように見えた。
ユウナが回復魔法をかけるのを見ていたが、ダメ押しでもう一度。

「ちょっとじっとしててね」

そばにしゃがみこんだゆきが、ワッカへ手をかざす。
ゆきの足元に紋章が現れ、やわらかい光に包まれると、ワッカは心地よさそうに目をとじた。
少し離れたところにユウナとティーダが座っている。
ワッカとアーロンは、遠くから彼らを見守っていたらしい。

「ワッカ、今のうちにちょっと休んで」
「え……」
「ほら。アーロンがいるし、私も少しくらいなら役に立つと思う」

ワッカが戸惑うように見上げると、アーロンが静かにこちらを見ていた。

「休んでこい」
「……皆に心配かけて恰好悪いな。それじゃあ、少しだけ」
「うん」

苦笑しながらワッカが旅行公司に入っていった。

「お前は休まなくていいのか」
「うん、ちょっと風にあたりたくて」
「そうか」

そもそもアーロンが休むと言ったのも、ワッカが辛そうにしていたからだろう。
多くは語らないが、さりげなく見ていて皆にフォローを入れている。
優しい人なのだと、ゆきは思った。
アーロンから数歩離れた距離。
杭に身を預けるようにすると、そばにいたチョコボがゆきを見た。

「ごめんね。何も持ってないよ」

顔をすりよせてきたチョコボを撫でてやりながら、ティーダとユウナを見る。
ルカを出発する時、ティーダはどこか泣きそうな顔をしていたけれど、ユウナのおかげで少し元気が出たようだった。
練習と称して笑い出す二人のやりとりが微笑ましかったのを思い出す。

「旅をしていると言ったな」

低い声が聞こえて、アーロンを見上げる。
ユウナ達のほうを見ていたアーロンがふりむき、視線が交わる。
その瞳は、そらすことを許さない強さをたたえていた。

「うん」
「……どこから来た」

昼間、ユウナ達から受けたのと同じ質問に苦笑する。
あれはルカを発つ少し前。
アーロンとティーダが合流する前のことだ。



「目を覚ましたらキーリカの森に倒れててね。キーリカの人にはすごくお世話になったんだ」

キーリカという単語を聞いて、ユウナ達が息をのんだのがわかった。
その様子から、伝え聞いた話が現実であることを思い知らされる。

「何もわからない私にスピラの色んなことを教えてくれた。……シンに襲われたって聞いてかけつけようと思ったんだけど、なかなか船がなくて」

瞳をゆらすユウナの手をとり、ゆきは微笑みかける。

「皆を弔ってくれた召喚士って、ユウナだったんだね。ありがとう」

ゆきの手を握り返したユウナが、悲し気に首をふる。
キーリカの被害は大きかったと聞いている。
皆が迷わず逝けたことが、せめてもの救いだった。

「……帰るって言ってたね。家はどこに……?」
「……信じて、もらえないかもしれないけど、スピラではない別の世界にあるんだ」

ゆきがそう言うと、ユウナは目を丸くした。
ユウナの背後で、ルールーがどこか納得したような表情をうかべているのに気付く。
おそらくルールーの使う魔法と、ゆきの使う術の成り立ちが、どこか違うことに気付いているのだろう。

「なあ、もしかしたらゆきもアイツみたいにシンの毒気にやられたんじゃないか」
「そうかな……そうかもしれないね……」

ワッカが困ったように優しく声をかけてくる。
ユウナの気づかわしげな瞳が印象的だった。



ゆきは昼間のやりとりを思い出し、一度目をとじてからまっすぐアーロンを見据える。
アーロンは静かに返答を待っていた。

「私は、オールドラントという世界から来たの」

オールドラント。
このスピラとは色んな理が違った世界。
大勢の人が様々なものに縛られながら懸命に生きる、ゆきにとって愛おしい場所だ。

「なんでスピラに来ちゃったのかわからない。でも元の世界に帰りたい。旅の目的は、ただそれだけ」
「……あてはあるのか」
「今のところは何も。でもね、私この世界のことを昔から知ってるの」

少し冷たい風がざわざわと草木をゆらす。
静かで優しい夕日が、あたりを美しく染めていた。

「豊かな自然にかこまれたスピラにはシンがいて、悪さをするシンを召喚士が退治する。……誰でも小さい頃に一度は読んだ、絵本のお話だよ」
「スピラのことが絵本に?」
「うん。だから、スピラから私の世界に来た人がいるんじゃないかなって」
「……」
「各地を巡って、帰る手がかりを探そうと思ってる。手がかりがあるかわからないけど、やるだけやってみないと」

アーロンに説明するようでいて、本当は自分に言い聞かせるような言葉。
ぎゅっと両手を握り合わせて、ゆきはうつむいた。

「なるほどな」
「……私の話、信じてくれるの?」

ため息をついたアーロンが、それ以上何も言わないことに驚く。
突拍子もないことを言っている自覚はあるのだ。

「実際、お前と他の人間が使う魔法はどこか違う。違う世界の人間だというなら説明がつく」

じゃり、と土を踏む音に顔をあげると、アーロンが目の前にやってきていた。
不意に持ち上がった右手が、ゆきの頭におかれる。

「アーロン?」
「……生きていれば、無限の可能性が待っている」

穏やかな声だった。
大きな手が驚くゆきの頭をぽんと撫で、離れていく。

「昔誰かが言った台詞だ」

それだけ言うとアーロンはユウナ達のほうへ歩いて行った。

「……」

夢のような話を信じてくれただけでなく、彼なりに元気づけてくれたらしい。
じわじわと胸があたたかくなっていく。
頬に熱が集まるのを感じながら、ゆきは夕日と大きな背中を見つめた。



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