雛は飛び立つ


『たよって当然、守られて当然とは思うな』

マカラーニャの湖底でアーロンが言った言葉を思い出し、空を見上げる。
夜空には星が瞬き、湖につけていた足を動かすと、きらきらと水しぶきがあがる。
幻想的な風景と水の冷たさが心地よくて、思わずため息がもれた。

「何を考えている」

低い声が響いてふりかえると、アーロンが立っていた。
琥珀色の隻眼はいつもより睨みがきいていて、思わずひるむ。
やばい。怒ってる。

「勝手に一人になるな」
「う、ごめん」
「まったくお前は……」

そばに来たアーロンが何かを手渡してきた。
真っ赤に熟れた木の実だ。
ほのかに甘い香りがして、おいしそう。

「このあたりに自生している植物は食えたり、手当に使える物が多い」

アーロンは隣にしゃがみこむと、手を差し出してきた。

「何?」

首を傾げると、ため息をつかれた。

「足を貸せ」
「え」
「怪我をしているだろう」
「……なんでわかったの」

そう。実は先ほどの戦闘で足をひねってしまった。
自分の不注意だし、魔法もアイテムも温存しなきゃと思って黙ってたけど、いよいよ痛くなってきた。
今夜はこの森で野宿することになったから、今のうちに冷やしておいたほうがいいと思って、こっそり皆のそばを離れたのだ。

「お前がわかりやすいんだ」
「そうかなぁ」

湖から渋々足をひきあげると、大きな手につかまれた。
アーロンの手元には、数枚の葉っぱと包帯。
どうやら手当に使える葉を見つけてきてくれたらしい。

「……」

もらった木の実をかじってみる。
甘酸っぱくて、疲れが癒される。

「パパ、やさしいね」
「お前みたいな手のかかる娘はいらん」

照れくさくて叩いた軽口はすぐさま切って捨てられた。
でもその声色は穏やかで、どこか優しい。
私は、いつもこの大人に守られてきた。

「……さっきさ、小さい頃のことを思い出してたんだ」

無骨な手が器用に動き、手当してくれるのを見つめながらつぶやく。

「アーロンと初めて会った時のこと」

木の幹に腰かけている私のほうが、アーロンより少し目線が高い。
目の前にしゃがむアーロンを上からのぞきこむようにしているから、彼の瞳がサングラスを通さずに見える。
琥珀色の綺麗な、私の大好きな色。

「なんか怖そうな人が来た!って、ティーダと慌てたっけ」
「……二人して泣いて、手当たり次第に物を投げてこようとしたな」
「うん。それを止めようとしたアーロンの声が大きくて、怖くて余計泣いた」

ふふ、と、つい笑いがもれる。

「守ってくれて当然だなんて思ってないよ。でも、アーロンがいるといつも心強かった」
「そうか」
「アーロンと会えてよかった」

アーロンは何も言わず、怪我にひびかないようにそっと包帯を結んでくれた。
それを見届けてから、ついに言ってみる。

「でも、もうすぐお別れなんだよね」

アーロンが息をのんだ。
不意に風が吹いて、木々の葉をざわりと揺らす。

ああ。やっぱりそうか。

女のカンは鋭いんだから!
そう言って明るくふるまうつもりだったのに、色んな感情がごちゃまぜになって。
たまらなくなって飛びついた。
抱きとめてくれる腕の中は、こんなにもあたたかいのに。
彼は、もう生きてはいないのか。

はじまりは、子どもが親に寄せるような親愛の情だった。
それがいつのまにか、恋心に変わっていた。
アーロンが好きって気づいたばかりなのに。
こんな結末、ひどいじゃないか。

「ゆき」

不意に穏やかな声がふってきた。
頬に大きな手がそえられて、顔をあげさせられる。

「初めて会った時のようだな」

私がしゃくりあげながら泣いているのを見て、ふ、とアーロンは笑った。

「お前が泣くのを見るのは、これで二度目だ」

指でぬぐってくれるけど、涙がとまらない。
私の涙が、アーロンの指をぬらしていく。

「アイツが泣いても、片割れのお前は泣くのをいつもこらえていた」

お兄ちゃんなのに泣き虫なティーダ。
私まで泣いちゃうと、なんだか全部くずれて、ダメになっちゃいそうで。
つらい時ほどぐっとこらえて生きてきた。
アーロンがいてくれたから、がんばれた。

だからこんなに大きくなったよ。
いつまでも小さな子どもじゃない。
立派になったってとこ、見せなくちゃ。

「アーロン」

ぐい、と乱暴に腕で涙を吹き、深呼吸する。
アーロンは静かに私を見つめていた。
月明かりに照らされた精悍な顔つきは、とても穏やかだ。

「なんだ」
「……大丈夫だよ」

背中にまわった手のあたたかさに、先をうながす声に、また泣きそうになったけど。
アーロンの服をつかんで、しっかり見つめかえす。
今まで守ってもらってきた分、お返し、したいんだ。

「アーロンがいなくなっても、私は私にできること、がんばる」
「……それでいい」
「っ、うわ」

頭を力強く撫でられ、髪がぐしゃぐしゃになる。
戸惑っているうちに、ふわりと宙にうかぶ感覚。
抱き上げられたのだと気づいた時には、アーロンはすでに歩きだしていた。

「え、アーロンッ?」
「明日の移動にひびいても困るだろう。…今は甘えておけ」

アーロンはゆっくりとした足取りで、仲間の元へと歩いていく。

「……」

抱き上げられて見る景色は、先ほどまでと違って見えた。
アーロンの首に腕をまわして、ぎゅうと抱きつく。

自分の目でものをみて、自分の頭で考える。
ちゃんと自分の足で立つよ。
だから、今だけ。



2016.9.25

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