旋律にのせて

「なあ。ゆきの歌ってさ、どんな仕掛けになってるんだ?」

飛空艇ですごす、つかの間の一時。
のぞきこんでくるティーダの瞳は好奇心に満ちていた。

「仕掛けかぁ」

まるで手品みたいだ、と言わんばかりの表現に笑いながら手招きする。
ゆきの操る力はスピラにもティーダのザナルカンドにも存在しない。不思議に思うのも無理はなかった。

「うーん、そうだね」

どう説明しようか考えながらソファをつめてやると、ティーダは素直に隣に座ってきた。

「私の譜術や譜歌……魔法みたいなものは、目には見えない音素というものを使って発動させてるの」
「音素」
「この世の色んなものを構成するもの」

ティーダは初めて聞く単語を不思議そうにくりかえしながら耳を傾けている。

「譜歌には一節一節に意味や象徴があって、それを正しく理解していないと発動しないの」
「普通に歌うだけじゃだめなのか」
「そう。回復する歌、攻撃する歌……色々あるけど」

ゆきの足元にふわりと方陣がうかびあがる。いつもより小さな方陣が光りだす。
聞き覚えのある旋律に、それが何の効果をもたらすか気づいたティーダが慌てだした。

「なんで、っ……」

深淵へと誘う旋律。
ゆきの歌がティーダを眠りの世界へと誘う。
倒れかかってきた頭を抱えて、ゆっくりと膝にのせてやる。眠りに落ちたティーダの顔をのぞきこんで、ゆきは満足そうに頷いた。


「……俺まで眠らせるつもりか」

低い声で文句を言われ、ゆきはつい笑ってしまった。

「加減したから、アーロンなら大丈夫かと思って」

そばにいることに気づいていたから、譜歌の効果を意識して狭めたのだ。
聞きなれた靴音にふりかえると、いつもと変わりない様子の人物が立っていた。

「よく寝ているな」

アーロンはそばまでやってくると、静かにティーダを見下ろす。

「うん。しばらくゆっくり寝られるんじゃないかな」
「まったく。一人で何を悩んでいたんだかな」
「うん……」

ティーダとの付き合いが長く、親子のような関係を築いているアーロンのことだ。
口ではそう言いつつも、ティーダが何を思い悩んでいるのか見当はついているのだろう。
ゆきはティーダの目元にうっすらうかぶクマに目をやった。

ティーダは気持ちのいい青年だ。青い空に燦然と輝く、太陽のような快活さを持っている。
そんな彼が眠れないほど悩むというのだから、よほどのことなのだろう。
自分のことか、父親のことか、それともユウナの身を案じているのか。
少し考えただけでいくつも思い当たることがあるくらい、ティーダの身のまわりで今起きていることは過酷だった。
アーロンも大方、ティーダを休ませるためにここまで探しに来たのだろう。
ゆきはあどけなさを感じる寝顔を眺めながら、やわらかな金髪を撫でた。

最初に抱いたのは、迷子になった者同士の仲間意識にも似た感情だった。
会話を重ねるにつれてティーダのひたむきさや素直さに惹かれ、ゆきはいつのまにかティーダのことが大好きになっていた。
ゆきがティーダのことを弟のように感じている。ティーダもおそらく同じような思いを抱いてくれている。
彼が何に悩んでいるのかはわからない。本人が言いたくないならそれでもいい。
けれど、せめて少しの間休む手伝いくらいはしてやりたくなったのだ。

「そのくらいにしてやれ」
「ふふふ、やわらかくってつい」

アーロンに言われてようやく髪を撫でる手をとめる。
ティーダが起きていたなら、きっと顔を真っ赤にしてやめてほしがったに違いない。

「譜歌、だったか。お前の故郷では皆それを扱えるのか」

気持ちよさそうに眠るティーダを見つめていると、アーロンがふと問いかけてきた。

「ううん。一部の人だけ。私はこの歌ゆかりの土地のうまれだからか、代々体になじむというか」
「歌の力を引き出せるのか」
「そんなところ」
「さっき、一節と言ったが」
「うん。すべて繋げると、ひとつの歌になるの」

ティーダとの会話を引き継ぐように、アーロンが質問を重ねてくる。
ゆきは理解しやすいように言葉を選びながら返答していく。

「そうすると精霊のような、神様のような……そういう存在を呼び起こすための歌になる」
「スピラに来て、試したことはあるのか」
「うん。でも何も起こらなかった」
「……そうか」

アーロンの声に、ほんのわずかだが落胆の色が滲んだ気がした。
精霊。神様。
そうした存在を呼び出せれば、異世界に迷い込んだゆきの状況をひっくり返すきっかけになるかもしれない。
スピラに来たばかりの頃のゆきのように、アーロンもそう思ったのだろうか。
直接的な言葉はなくても彼の優しさが伝わってくる。
アーロンが自分を気にかけてくれているのは素直に嬉しかった。

お礼と言ってはなんだけど。
そう思いながらゆきは息を吸い込む。久しぶりに歌いたい気分だった。

大譜歌。
感謝の気持ちをのせた、スピラに存在するはずのない歌が響く。
歌声にあわせて方陣があらわれ、光の粒子が舞う様子は、オールドラントでもスピラでも変わらない。
けれど、ローレライが現れることはない。あの存在を呼び起こすための鍵もここにはないのだ。当然といえば当然だった。

「……いい歌だった」
「ありがとう」

郷愁を含む旋律はただの歌として響き、消えていった。
素直な賛辞の言葉に頬がゆるむ。今は聞いてくれた人間がいただけで満足だった。

「そういえば、祈り子達の歌もすごくいいよね。綺麗」

各地の寺院でくりかえし聞いた歌。
そう、たしか。
ゆきは再び歌をくちずさみ始めた。

ティーダにとってはいい子守唄になったらしい。
心地よかったのか、ゆきの膝に頭を預けたままのティーダが大きく息をついた。

「……ちゃんとあってた?」
「ああ。お前の歌は耳に心地いいな」

見上げると、アーロンは穏やかな表情をうかべていた。
ティーダにとってもアーロンにとっても、幼い頃から身近にあって聞きなれた歌だ。
気のぬけない出来事の多い日々だが、少しでも心が休まる一時になったなら嬉しい。

「また聞かせてくれ」
「うん。私でよければ」

返事をしながら顔をあげて、驚いた。
そばに立っていたアーロンがぐっと距離を縮めてくる。

「、っ」

端正な顔が近づいてきて思わず目をとじると、膝の上の重みがなくなった。

「え……」
「ずっとこのままでは疲れるだろう」

目をあけると、アーロンが眠ったままのティーダを抱えていた。

「お前も今のうちに休んでおけ。ここのところ戦闘続きだったからな」
「あ、うん。そうする……」

ゆきの返事にアーロンは満足そうに口の端を持ち上げると、踵を返した。
ベッドに寝かせるつもりなのだろうか。
力強い腕でティーダをぐっと抱えなおし、歩き出した。


「……びっくりした……」

ドキドキと早鐘のようにうつ胸をおさえながら、二人を見送る。
ティーダのことは膝枕をしても頭を撫でても平然としていられるのに、アーロンが相手だとどうも勝手が違う。
それはなぜなのか。
ゆきが恋心を自覚する、少し前の話だ。



2021.8.29

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