目覚める朝に喜びを願う


「名付け親になっていただきたいのです」

熱意に負け、つい頷いてしまったのは1時間前のこと。

事の発端はこうだ。
旅の途中、ゆきは若い夫婦に声をかけられた。
もうすぐうまれる我が子が安心して生きていけるように。そんな思いから夫はミヘン・セッションに参加し、シンの圧倒的な攻撃で重症を負ったのだという。

これまで経験したことのない痛みに意識が遠のいていく。
近くにいた仲間が一瞬で消し飛ぶのを目の当たりにした。自分もだめなのだろうか。
そんな恐怖を取り払うように突然光がわきおこり、次の瞬間には傷も痛みも綺麗に消えていた。腕のいい魔道士が眉をひそめる程の大怪我だったというのに。
あとで生き残った仲間達に話を聞いて、それが一人の女性が呼び起こした奇跡だったことを知り、いつか御礼をしたいと思っていたのだという。

女神は召喚士ユウナ様と行動している。
そう噂されていたこともあって、ミヘン・セッション後にこうして声をかけられることは珍しくなかった。
中にはせめてもの礼にと豪華な品を差し出す者もいたが、ゆきはすべて固辞してきた。

女性が抱いている赤ん坊に目をやる。
無力感の中、あの時いてもたってもいられずに発動した術で命を取り留めた者がいる。気持ちよさそうに眠る赤ん坊の父親を守れた。その事実だけでゆきは十分だった。

夫婦は何度もお礼を言った後、叶うことならば……と口ごもった。

「なんでしょう?」

何か頼みごとがあるのだろうかと首を傾げると、夫婦は顔を見合わせて熱意のこもった目でゆきに懇願した。


「女神に子どもの名付け親になってもらいたいとはな」
「そうやって呼ぶのやめてよ……ていうか、アーロンも一緒に頼まれたじゃん」

女神だなんて、そんな大層なものじゃない。ゆきは口をとがらせてアーロンを見た。
そう。夫婦は伝説のガードと名高いアーロンにも、名前を一緒に考えてほしいと頼んできたのだ。

「うまれた赤ちゃんは男の子だから、アーロンにも名づけに関わってもらえたらきっと強い子に育つって」

男子には強くあってほしい。シンに脅かされている世界だ。両親はなおさら子にそれを願うのかもしれない。どのような災いもはねのけられるようにと。
子の健やかな成長と幸せを思う親心は、どの世界にも共通している。

あの赤ん坊が元気に育ってくれるように、名前にどんな願いをこめようか。
夫婦と別れた後、ゆきは辞書を借りてきて、あれでもないこれでもないとうなっている。
これはという単語を見つけては書きとめ、またページをめくる。
むかいに座ったアーロンは、せわしなく手を動かすゆきを眺めていた。

「ねえ。ざっと挙げてみたけど、どう?」

スピラによくある名前、そうでない名前、名前には不向きな言葉もあるだろう。スピラ出身ではないゆきだけで考えるには分が悪い依頼だった。
水をむけると、アーロンはゆきの書き出したリストに目を落とす。

「これはいいが、こっちは名前にはあまりむかない言葉だ」
「そうなんだ。じゃあこれは?」
「そうだな、悪くない。あとは……」

ようやくこれはという名前が決まった頃には、とっぷりと夜が更けていた。
一見関心がなさそうに見えて、こうしていつまででも一緒に考えてくれる。ゆきはアーロンのそんな生真面目なところも好きだった。
途中、自分の子供達の名前の相談でもしているようで、なんだか気恥ずかしくなったのは内緒だ。シンが存在することなど嘘のように思える、穏やかな時間だった。



後日二人で家を訪ねると、夫婦が笑顔で出迎えてくれた。
ベッドをそっとのぞくと、小さな赤ん坊が寝かせられていた。大きな目がみつめる先にはおもちゃがつり下げられていて、風に揺れてリン、と優しい音をたてる。
優しい光景に目を細めていると、女性がお茶とお菓子を手に戻ってきた。

「ゆきさん、よかったら子どもを抱いてやってくれませんか」
「あ、でも赤ちゃんってだっこし慣れないので……」
「首がすわっていないので、そこだけ気をつけていただければ大丈夫ですよ。命の恩人であるあなたに、抱いていただきたいんです」

ぜひ、と笑う夫婦に教えてもらいながら、そっと赤ん坊を抱き上げる。
小さな命は想像以上にやわらかく、あたたかかった。

「かわいい……」

ゆきの呟きに、女性は嬉しそうに笑った。

「アーロンも抱っこさせてもらう?」
「いや、俺は……」
「わあ、ぜひ!」

父親はアーロンのファンらしい。興奮した父親の視線に耐えかねたのか、アーロンはそれ以上何も言わずに赤ん坊をそっと抱き上げた。

「……なんか上手だね。すごく堂に入ってるというか」

大柄なアーロンに抱かれるのは安心するのだろうか。赤ん坊もリラックスした表情で腕に抱かれている。

「あ、あれ? どうしたの」

母親に赤ん坊を返してしばらくすると、不意に赤ん坊がむずがりだし、とうとう泣き出した。

「さっきミルクを飲んだので、おなかはすいていないと思うのですが……」

オムツも汚れてはいないようだった。眠くてむずがっているのだろうか。
だんだんと大きくなる泣き声に、困った母親が眉をよせる。

「えっと……」

少しでも気休めになれば。そう思い、ゆきは息を吸い込んだ。
歌い始めたのは回復の譜歌。
癒やす対象者がいないため、いつもより音階にのせる力をセーブして歌う。
譜歌発動時に光の粒子が舞う様子は、赤ん坊の注意をひきつけるかもしれない。
そう思ったのだ。

「ああ、あの時の光だ……」
「綺麗……ほら、見える? 綺麗だねぇ」

父親が泣きそうな笑顔を見せる。母親に声をかけられた赤ん坊は泣き止み、じっと粒子を見つめている。どうやらゆきの目論見は成功したようだった。

光の粒子に包まれた赤ん坊にじっと見つめられて、思わず笑みがこぼれる。
これからその目にどんな美しいものを映し、どんなものを見つけて心弾ませ、歩いていくのだろう。

「元気に育ってね」

指をさしだすと、小さな手がきゅっと握り返してくる。
甘い乳の香りに鼻をくすぐられながら、赤ん坊に心ばかりの祝福を贈った。



「名前、気に入ってもらえてよかったね」

ユウナ達との集合場所へむかって歩きながら、ゆきは微笑んだ。

「そうだな」
「はー、それにしても赤ちゃんかわいかったなぁ」

まるで希望のかたまりを抱いているようだった。
これからなんにでもなれる無垢な存在。
シンを倒すことが、子ども達の未来を切り開くことにもつながるのだと思うと、力がわいてくるような気がした。

「アーロン、だっこ上手だったし、いいパパになりそうだよね。あ、もうなってるか」
「……あれの世話は本当に骨が折れた」
「あはは」

幼い頃に両親をなくしたティーダの面倒は、長い間アーロンが見てきたのだと言っていた。
屈託のない笑顔で笑い、怒るティーダを見ていると、アーロンが愛情を注いできたことがわかる。

「そういうお前こそいつか、いい母親になるだろうな」
「私?」

首を傾げると、アーロンがどこか眩しそうに見つめてきた。

「己の信念を貫き、他者には誠実にむきあう。そういう母親を見て育つんだ。きっと立派に育つ」
「ありがとう……あ」

ユウナ達の姿を遠くに見つけ、手をふる。会話はそこで途切れた。







それから時が経ち、ゆきはあの頃予想もしなかった未来にたどりついた。

「ねえ、アーロン。私、お母さんになったよ」

道標のようだった彼の姿はそばにない。
けれど今でも鮮明に思い出される彼の言葉が、たしかに自分を支えてくれていた。
生を全うするその日まで、彼がほめてくれた自分であり続けよう。
この手が、いつか素晴らしい未来をつかみますように。
小さな手に指を握られながら、ゆきは笑みをうかべた。



2021.7.19



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