34

入り組んだ道なき道を進んでいく。
確実に終着点が近づいているのを皆が肌で感じていた。

「ここで少し休憩しよう」

ティーダがかたい表情で言った。

「あたりの様子を見てくる」
「アーロンさん、それなら俺が……」
「いい。休んでおけ」
「あ、私も一緒に行くよ」

いつもならこういう時、真っ先に偵察役を買って出るのはワッカだ。
だが、先ほどの戦闘で受けた傷が思いのほか深いようだった。大丈夫だと笑う表情に覇気がない。
今のうちにしっかり傷を癒して休んだほうがいいのは、誰の目にも明らかだった。
ユウナが心配そうにワッカのそばへ行くのを確認して、ゆきは偵察に同行することにした。
ここには物理攻撃が届きにくい魔物も多く生息する。百戦錬磨のアーロンといえども、相性の悪い魔物に遭遇しては分が悪いだろう。


「……魔物の気配はないようだな」
「そうだね」

二人で連れ立って周囲をまわり、危険はないとふんでほっと息をつく。
この様子ならしばらく休んでいても問題なさそうだ。
シンの体内に突入してから戦闘続きで、皆疲弊している。

「アーロン、腕」

少し先を歩くその腕に傷をみつけて、そっとふれる。傷はすぐ癒えたが、手を離すのがなんだか惜しく思えた。
アーロンも立ち止まったまま、何も言わない。

「あの……抱きついても、いい?」

こうしていられる時間もあとわずかだと思うと、つい本音が口をついて出た。

「……いまさら許可などいらんだろう」

軽く手を広げて、ゆきを迎え入れてくれる。
互いの想いを確かめて数日。すごした時間は短いが、甘やかされているのはよくわかる。
大きな背中に腕をまわすと、アーロンも同じように力をこめて抱きしめ返してくれた。
一時も気をぬけない。そんな状況の最中なのに、思わず安堵のため息がもれる。
この腕がくれる安心感がたまらなく好きだった。

もうすぐスピラを縛ってきたものが消え、人々は新しい未来を歩みだす。
だが、そこにアーロンはいない。ゆき自身の身がどうなるのかもわからない。
運よく生き残ったとしても、この人にはもう二度とふれられないのだ。
別れの言葉を告げておくなら、きっと今だ。
そう思うのに、気の利いた台詞ひとつ出てこない自分が恨めしかった。

「こわいか」
「……うん」

この先のつらい別れや、自分自身の今後を思うと恐怖はぬぐえない。

「でも」

ゆっくり腕をほどくと、アーロンも腕の力をゆるめた。

「私は、私の物語を進めなきゃ」

抱き寄せられたまま、大きな手に頬をなでられる。
視界がにじんでいるのはわかっていたが、必死に笑顔を作った。

「……それでいい」

見下ろしてくる隻眼は穏やかだった。
黒曜石のような瞳が、間近で見ると鳶色にも見えることはつい最近知ったことだ。
そっけなく、時に厳しい態度をとりながら、周囲の様子をいつもよく見ている。
冷静に見えて直情的なところのある、優しい人。
そんなアーロンのことが大好きだった。

優しい指がゆっくり髪をすいてくれる。
言葉が喉にひっかかったように、うまく出てこない。
別れるつらさ。
それ以上に満たされる想い。
長いようであっという間だった日々。
苦しくても、ゆきの胸は幸福感に満ちていた。

大事な人ができて、自分は強くも弱くもなった気がする。
出会わなければよかっただなんて思わない。
必ず生きよう。彼との時間を胸に。



休憩をとったことで、ワッカも大分回復したようだった。全員で再び歩き出す。
瓦礫が積みあがったような道、氷柱が襲い来る森。ひたすらに進んでいると、突然景色が変わった。

「ここは……」

いつかグアドサラムで見た光景に酷似した景色。ティーダのいたザナルカンドだとすぐに気づく。
その中に背をむけて立っている男が一人。その姿には見覚えがあった。
とうとうたどり着いたその背中に、ゆきの心臓がどくりと音を立てる。
以前スフィアで見た。あの人は。

「……おせえぞ、アーロン」

ふてくされたような、照れたような。そんな声だった。

「すまん」

アーロンの声色もいつもとは少し違った。感情を押し殺したような声ではない。

「よお」

手をあげて軽い調子でティーダに声をかける。なんでもないようにふるまうその声は、かたかった。

「……ああ」

答えるティーダの声もかたい。ようやく再会した父親の姿をまともに見られないようだった。

「へっ! 背ばっか伸びて、ヒョロヒョロじゃねえか! ちゃんと飯食ってんのか、ああん?」

落ち着かないといった様子でティーダをからかうジェクトは、何も言わずにうつむく息子をしげしげと眺めた。

「でかくなったな……」
「……まだあんたのほうがでかい」
「はっはっは!なんつっても、俺はシンだからな」
「笑えないっつーの」

親子の応酬にたまらず目をふせる。
スピラの死の螺旋にからめとられた父子の再会は、とても悲しいものだった。

「ははは……じゃあ、まあなんだ、その。ケリつけっか」
「オヤジ」
「おお?」
「……ばか」

ティーダの小さな呟きを聞いて、ジェクトが笑い出す。

「はははは……それでいいさ」

息子を見つめる父の目はどこまでも穏やかで、愛情に満ちていた。

「どうすりゃいいか、わかってんな」
「ああ」
「もう歌もあんまし聞こえねえんだ。もうちっとで俺は……心の底からシンになっちまう。間に合って助かったぜ」

力なく笑うジェクトを、アーロンが静かに見つめている。

「んでよ……始まっちまったら俺はこわれちまう。手加減とかできねえからよ。すまねえな」
「もういいって! うだうだ、言ってないでさあ」
「……だな。じゃあ、いっちょやるか!」

ジェクトの体がふらつき、ティーダがたまらず駆け出す。
その手は届かず、ジェクトは光の底に落ちていった。
地響きとともにザナルカンドに明かりが灯る。
身構えた瞬間、巨大な召喚獣が顔を出した。そのあまりの迫力に一瞬たじろぐ。
これが前のシンを倒した、ジェクトの究極召喚獣としての姿。

「すぐに終わらせてやるからな!さっさとやられろよ!」

こんな悲しい戦い、少しでもはやく終わらせてやりたい。
ティーダの涙声を聞きながら、ゆきは詠唱を始めた。

かつてスピラのために命を投げうったジェクトは、おそろしく強かった。
だが、ゆき達もこれまで何度も死線をくぐりぬけてきた自負がある。ことさらこの戦いは譲れなかった。

激しい応酬が続き、ついにジェクトの使っていた剣が地面に突きたてられた。
崩れ落ちたジェクトの体から何かが飛び出す。それは混乱しているようにあたりを素早く飛び回った。

強い光がおさまると、そこには元の姿に戻ったジェクトが立っていた。
力なく倒れるジェクトにティーダが駆け寄り、すんでのところでその体を支える。
そのまま息子に抱きしめられ、ジェクトは笑った。

「……泣くぞ。すぐ泣くぞ。絶対泣くぞ、ほら泣くぞ」
「……だいっきらいだ」

愛おしそうに見つめる父親と肩を震わせて泣く息子のまわりを、黒い靄が飛び回る。

「はは……まだはやいぜ」
「……全部終わらせてから、だよな」

涙をぬぐい、そっとジェクトの体を横たえる。

「わかってるじゃねえか。さすがジェクト様のガキだ」
「初めて……思った。あんたの息子でよかった」
「けっ」

満足そうなジェクトと、ふと目が合った。

「あんたか……巻き込んじまって悪かったな」
「……いいえ。おかげで得たものもたくさんありました」

ゆきが首をふってそばにしゃがみこむ。
不思議そうなジェクトは、かたわらに立っていたアーロンを見上げて合点がいったようだった。歯を見せて笑う。

「そうみてえだな。いい顔してやがる」

太陽を思わせる晴れやかな笑顔に、笑みを返す。

「ジェクトさん……あの」
「……っ、駄目だ、ユウナちゃん! 時間がねえ」

会話を遮るように靄が飛び回る。

「邪魔すんじゃねえ!」

ティーダが立ち上がって苛立ちの声をあげる。

「ユウナちゃん、わかってんな?召喚獣を……」
「僕たちを」

祈り子の少年が現れ、ジェクトの言葉に重ねるように懇願する。

「呼ぶんだぞ」
「呼ぶんだよ」
「はい……!」

覚悟を決めたユウナが頷くと、ジェクトの体がくずれおちて消えていった。皆が悔しげに息をのむ。

「……っ」

皆の意識がジェクトにむいていたのは幸いだった。
ぐらりと視界がゆれ、すんでのところで踏みとどまる。
体が重い。
理由はわかっている。
こわい。
でも。

ふと大きな手に体を支えられた。
アーロンだ。
苦しそうに歪められた隻眼を安心させたくて、大きく頷く。

「来るよ……!」

泣いても笑ってもこれが最後。
皆に等しく無限の可能性が広がっていますように。
そう祈りながら、今はただ自分にできることをするだけだ。
ゆくあてもなく彷徨うエボン=ジュを見すえ、ゆきはロッドを握りなおした。



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