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「おい、足元に気をつけろ」
「っ、ありがと」

アーロンに言われてとっさに立ち止まると、床に亀裂が入っていた。
踏み抜いていたら怪我していたかもしれない。背筋を汗がつたう。
あたりを見回すと他にも亀裂の入っている箇所があるようだった。足場がもろい場所を避け、皆で慎重に進む。

ゆきがアーロンの部屋へ行った翌日、一行はバージ=エボン寺院を訪れていた。
元の世界へ帰る手がかりがないことを淡々と告げるゆきにアーロンが疑問を投げかけてきたが、どう答えたらいいか迷っているうちに操舵室からの呼び出しがあり、結局会話はうやむやになってしまっていた。

「それにしてもずいぶんと……」
「うん。痛んでるよねぇ」

天を仰いだティーダの言葉にリュックが頷く。ティーダとリュックはここに来たことがあるらしい。
ティーダが初めてスピラに来た時に目覚めた場所がここなのだという。飛空艇はこの寺院の近くから引き揚げられたというから、リュックはその探索で訪れたのかもしれない。
祈り子が祭られている寺院ともなれば、どこも丁寧に手入れされているものだとゆきも思っていた。
海上にうかぶ寺院。元は美しい場所だったのだろうが、シンによって壊滅的な被害を受けて以来放置されていた。
あちこちに人の生活の名残がある寺院の中を進んでいくと、やがて祈り子の間にたどり着いた。
ユウナの祈りに応じてやがて現れた祈り子は、黒髪の美しい女性だった。

「シーモア老師の母君ですね」
「……知っていて私の力を求めるのですか。息子を、憎んでいたのでしょう」

ユウナが問いかけると、シーモアの母は目をふせた。

「よいのです。憎しみの始まりはあの子。……あの子のせいなのですから。そしてあの子をゆがめてしまったのは私のあやまち」

死してなお子を思う母の表情は、悲しみに満ちていた。

「グアドと人との間に生まれたあの子は、ずっと一人でした」

豪華に飾り立てられた部屋で一人泣く幼子の姿がうかんでは消える。
先ほど通ってきた部屋の中に似た場所があった。どうやら幼いシーモアと母親はこの寺院で過ごしたことがあるようだった。
以前シーモアが、小さな頃自分はずいぶん周りから遠ざけられていたと言っていた。
ここはグアドサラムからかなり離れている。もしかすると母子でここに幽閉されていたのかもしれない。

我が子に一人でも生きていける力を与えたくて母は祈り子になった。だが、力を得たことでシーモアは力にとりつかれた。より大きな力を求めた結果、自分がシンとなることに目をむけたのだろう。
自分と大事な母を拒絶した世界への強い恨み、怒り。それは今もシーモアを縛りつけているに違いなかった。

「おいでなさい、召喚士。我が力を授けましょう。暗黒の召喚獣アニマ。呪われた闇の力で、あの子が目指したシンを消してください。それがあの子へのせめてもの償いです」

ユウナにそう告げたシーモアの母は、不意にゆきへと目をむけた。
その面差しがシーモアとよく似ている。

「……あなたにも悪いことをしました」
「あ……」

謝罪の言葉を口にすると、女性はふわりと消えていった。ユウナは無事新たな召喚獣を手に入れられたようだった。

「なあ、最後のはゆきに言ったんだよな? 何に対しての謝罪だ?」
「変な噂を流したり、ユウナと一緒に連れ去ったりとかじゃない?」
「あ〜……色々あったもんなぁ」

首を傾げるワッカに、リュックが答える。ティーダがそれに同意しながらアーロンを見て身を震わせた。

「なんだ。言いたいことがあるなら言え」
「別に!さあ、用事はすんだんだから次の目的地へ行くっスよ!」

視線に気づいたアーロンが睨むと、ティーダは慌てて祈り子の間を出ていった。次はどこへ向かうか相談しあう一行の後を、少し遅れてゆきが歩く。
途中通りかかった部屋が先ほどの映像に出てきた部屋と酷似していて、思わず足をとめた。やはりシーモア親子はこの寺院ですごしていたようだった。

「どうした」

ゆきの様子に気づいたアーロンが立ち止まってこちらを見ている。

「人の親になるって、どんな気持ちかな」
「……死期を悟って子供に何かを残したいと願う。まあ、それも無理ないだろうな」
「ジェクトさんはティーダにスフィアを残したし、シーモアのお母さんは力を残した……」

シーモアはシンを倒す手段をもっていた。でも母親に言われたようにシンを倒すことはしなかった。
自分や母を迫害してきたスピラを救う義理などないと思ったのかもしれない。だが、それ以上に愛する母親を次のシンに変えてしまうのは忍びなかったのかもしれない。
ゆきにはそう思えて仕方なかった。母を求めて泣く幼子の姿が脳裏に蘇る。

「自分の命と引き換えに力を残した。その思いを否定するつもりはないよ。でも……」
「……お前なら」

言いよどんだゆきにアーロンが先をうながす。

「お前なら、どうしてほしい」
「……ただ最後までそばにいてくれるだけでよかったよ。きっと」
「……そうか」

シーモアのしてきたことは許されるものではない。ただその生い立ちを考えれば、どこか切なさが残る。
彼が母のために供えたものなのだろうか。枯れた花束にふれながらゆきがつぶやくのを、アーロンは静かに見つめていた。



アーロンとゆきが遅れて操舵室に入ると、皆がふりかえった。

「お待たせ。次の目的地はもう決まってるの?」
「あ、それが……」
「キーリカに、行ってみようかと思うんだけど」

口ごもったティーダにかわり、ユウナが静かに言った。ゆきが思わず息をのむ。
ゆきはスピラにやってきた時、キーリカの人々の世話になったのだ。出立して間もなくキーリカがシンにやられたと聞いた時の衝撃は今も生々しく覚えている。
何か役に立てないか。そう思って急いでキーリカに引き返そうとしたが、キーリカに渡る船はどれも出航を見合わせていて結局たどりつけなかった。
ユウナ達と旅をしながらも、ずっと心にひっかかっていた場所。

「うん。行こう」

事情を知っている皆が気づかわしげな視線をむける中、ゆきは大きく頷いた。

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