28


自室に戻ってきてみれば、ベッドに横たわる人物が一人。
これにはさすがのアーロンもかたまるしかなかった。

すやすやと気持ちよさそうに眠るゆきのそばには、ひとつの袋が転がっている。
紐がとけてのぞいている中身を見て、先日頼んだアイテムを届けに来たのだろうと察しはついた。
なぜ寝ているのかはわからないが、男の部屋でこんな風に無防備な姿をさらす。
毛布をかけてやりながら、その危なっかしさにため息がもれた。

落ち着いているかと思えば感情のままに動き、目が離せない。
手のかかる子供が増えた、というのが出会った頃の率直な感想だった。
ゆきはひたむきな娘だった。
現実に打ちのめされても前をむくその姿が好ましく、旅をするうちにそばにいることが自然と増えていた。
アルベドのホームからユウナと、そしてゆきが連れ去られたと知った時はわきあがる憤懣の情にどうにかなりそうだった。
庇護欲というより、これは。
いつのまにか自分の中でふくれあがっていた思いに気づき、アーロンは目をふせた。
シンとの戦いが終われば消える身。こんな自分ではゆきを大切にすることなどできない。
ゆきの幸せを思えば、いつかリュックが言ったように思いを告げることなどできるはずもなかった。
これは、必要のない感情だ。

昼間、食堂で聞いたゆきの話を思い出す。
生まれ育った世界とは違う場所で生きる。その心もとなさをアーロンは知っている。
家族をなくしているとはいえ後ろ盾もあるようだし、ゆきの性格なら友人もいるはずだ。
将来を誓うような相手にも、きっと恵まれる。
なんとか自分がスピラにとどまっている間に、ゆきを元の世界へ帰してやりたかった。

ただ、ゆきはおそらく何か決定的なことを隠している。
マイカに対して「夢を終わらせる」とはっきり言ったゆきを見て、そう感じた。
推測の域をでないが、ゆきはシンにのってスピラへやってきたのかもしれない。
アーロンもシンにのって10年前にザナルカンドへ渡ったが、あの頃ならいざしらず、シンになって長いあれは自分の意志でどうこうできるものではない。
そう考えると、ゆきを元の世界に帰すことは絶望的なように思えた。
時間も明確な方法もない。アーロンは焦燥感を覚えていた。

「……」

ベベルへ突入した時、名前を呼ぶと今にも泣きそうな表情で腕に飛び込んできた。
あの時のように素直に頼ればいいものを。

召喚士の背負う使命を知って瞳を揺らし、怪我を指摘すると隠す。
他人のことは人一番気にかけるのに、一人で無茶をしようとする。ゆきはそういう女だった。
嫌な予感がぬぐえない。
ゆきがどこまで知っているのか、何を隠しているのか、確かめたかった。

「ん……?」
「起きたか」

長いまつ毛がふるえ、ゆっくりとゆきの目が開いた。
声をかけると、緩慢な仕草でこちらに顔をむけてきた。寝起きでまだ状況が飲み込めていないらしく、ぼんやりしている。
到底、強力な魔法を操る人間とは思えない。
一呼吸おいてから慌てだすゆきを尻目に席を立った。
茶でもいれてやろうかと、備え付けの茶器を取り出す。

「ずいぶんと無防備だな」
「あはは……」

常に自分が守ってやれるわけでもない。
見知った男が相手でも警戒心をもてと暗に伝えたつもりだったが、ゆきには通じなかったらしい。

「飛空艇の中だとつい気をぬいちゃって。敵が近づいても飛空艇のレーダーならすぐに感知できるし」

見当違いな返答に思わず手がとまる。ふりむくと、ゆきは首を傾げた。

こいつ。
人の気も知らないで。

めまいがしそうな感覚に思わず目をとじ、アーロンは再び手を動かし始めた。



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