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昼下がりのカフェ。
店内はお客でごったがえしていて、どこのテーブルも浮足立っている。
「今年はどんな試合が観られるかな」
「わくわくするな」
皆の関心がブリッツボールに注がれる中、私が注目するのは別の場所。
キッチンに立つ店員が、どことなく居心地悪そうに調理をしている。
はやく、はやく。
そう念じていた次の瞬間。
「はい、お待たせ」
その時はきた。
「サンドイッチと珈琲ね」
「ありがとう!」
店員へのお礼もそこそこに、運ばれてきたサンドイッチにかぶりつく。
やわらかいパンにはさまれた分厚い肉、瑞々しい野菜。
つけあわせのポテトの塩加減もちょうどよくて、どんどん進む。
あああ。
なんて、なんて。
「幸せ〜!って、顔に書いてあるわよ」
「むぐっ」
不意に声をかけられて、ポテトのかけらを危うく喉に詰まらせそうになる。
危なかった。
隣のテーブルを見れば、女性が驚いたような顔で苦笑していた。
「ごめんね。いい食べっぷりだったから、つい声かけちゃった」
「あはは、おなかがすいてて……つい」
そんなに自分はがつがつしていただろうか。
恥ずかしさから、今度は少し控えめにサンドイッチをかじった。
そのまま女性と話しながら食事を平らげ、一息つく。
きけば女性は地元の人なのだという。
同じ年頃の女性と話すのが久しぶりで、ついつい話し込んでしまった。
湯気を立てた珈琲のいい香りをすいこんで、ゆきはふう、と息をつく。
「あなた、旅をしているって言ったわね。運がいいわ。今日ならブリッツの大会が見られる」
わっと周囲から歓声があがった。
モニターには船着き場が映し出されている。
「各チームの選手達が到着したみたいね」
「本当だ」
人でごった返す船着き場に次々と船が到着し、中から人がおりてくる。
これだけ賑わっていれば、手がかりが何かつかめるだろうか。
いるだろうか。
私を知っている人は。
期待と不安が入り交じり、コーヒーカップを持つ手に自然と力がこもる。
だめだめ、深呼吸。
できることをやってみよう。
決意を新たに顔をあげ、何気なく店内を見渡す。
すると、ある人物に目がとまった。
鮮やかな赤い服をまとった、大柄な男だった。
壁にもたれかかるようにして、他の客と同じようにモニターを見上げている。
口元は服で隠れており、その表情はうかがい知れない。
サングラス越しに見える右目の傷は、古いもののようだ。
獲物の大きな太刀はかなり使い込まれている。
数々の激しい戦いを切り抜けてきたのだろう。
モニターを静かに見つめていた男と、不意に目があう。
どくり。
射貫くような視線に、息をのむ。
黒曜石のような隻眼には強い光が宿っていた。
「あ……」
『チョーシ乗んなよ、ゴワーズ!』
「きゃっ!」
音の割れた叫び声がキーンと響き、思わず耳をふさぐ。
隣の女性が悲鳴をあげた。
「なっ、何?!」
『今年の優勝は、オレたちビサイド・オーラカがいただくっ!』
モニターには金髪の青年がアップで映っていた。
大柄な男が必死に青年を引っ張っていこうとするのを見て、あちこちから笑い声があがる。
「ビサイド・オーラカだってよ」
「おーおー、やるねえ!」
なんだ。ブリッツのチームのパフォーマンスか。
びっくりした。
胸をなでおろして視線を戻すと、赤い服の男はいなくなっていた。
「……なんだったんだろ、あの人」
不思議な佇まいの男のことが、頭から離れなかった。
2016.9.25
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