22


自分はどうしたいのか、どこか気持ちが定まらないまま、ゆきは歩き続けていた。

『夢を終わらせてほしい』

少年はそう言った。
ユウナを死なせずにシンを倒したい。
でも、シンが倒されたら自分は死ぬかもしれない。
危険と隣り合わせの旅とはいえ、急につきつけられた現実にゆきは動揺していた。

「どうした」

不意に隣を歩くアーロンに声をかけられた。

「あ、ええと」
「なんでもないなんて、下手な嘘はつくなよ」
「うっ」

図星をつかれて言葉につまる。

「……よくわかったね」
「お前がわかりやすいんだ」

周囲に気を配りながらアーロンが視線をよこしてみせた。
アーロンの気遣いに、頬がじわじわと熱くなる。

「……なんか自分でも整理がついてなくて。考えがまとまったら聞いてくれる?」
「ああ。……もうすぐザナルカンドだ。気はぬくな」
「うん」

アーロンの言葉に、ロッドを握りなおす。
ほどなくしてザナルカンド遺跡が見えてきた。

遺跡を目にしたリュックが、こらえきれずに泣き出した。
身を案じて泣いてくれるリュックに、ユウナが優しいまなざしをむける。

「シドさんによろしく」
「やだよ、自分で言いなよ……」

泣き続けるリュックを連れ、ユウナがまた歩き出した。
そのポケットから、何かがすべり落ちる。
拾い上げたティーダの手元には。

「スフィア……?」

映像や音声をとどめておける代物だ。
皆は気づかず、先に歩いて行ってしまった。
ティーダとゆきは顔を見合わせ、少しの罪悪感とともに再生してみる。
すると、ユウナの声が聞こえてきた。

『皆がこれを見る頃には、シンはもういないでしょう。それに……私も』

しばらく聞いてみて、はっとする。
それは、死を覚悟したユウナのメッセージだった。
アーロン、キマリ、ワッカ、ルールー。
皆への感謝の言葉が続く。

『ゆき』

優しい声で名前を呼ばれて、どきりとした。

『ゆきがスピラじゃない世界から来たって聞いて、びっくりした。世の中には私が知らないことや、予想もつかないことがたくさんあるね』
「……」
『ゆきを見ていると、なんだか奇跡だって起こるんじゃないか、って』

そこで言葉が一瞬途切れる。

『自分のことで大変なのに、気にかけてくれる優しいゆき。ありがとう。いつか元の世界へ帰れますように』
「ユウナ……」

自分の命とひきかえにシンを倒す。
そう覚悟していても、やっぱり。

『新入りガード君。ザナルカンドエイブスのエース!』

ティーダの肩がゆれた。

『君と会えてよかった。まだ会ってからそんなに経ってないけど、不思議。こういうものなのかって思った』

弾んでいたユウナの声が、だんだんと小さくなる。

『それは想像してたよりとっても素敵な気持ちで。素敵だけど……つらいよ』

なんてものを背負っているんだろう。
ゆきはたまらなくなって空をあおぐ。
そこには、恋を知ったばかりの一人の女の子の姿があった。


黙り込んだティーダを連れて皆に追いつき、歩き続ける。
廃墟と化した大都市をぬけ、遺跡の深部にたどり着くと老人があらわれた。
べベルの僧官達と似た服装をしている。

「長き旅路を歩む者よ。名乗りなさい」
「召喚士ユウナです。ビサイドより参りました」

老人はユウナの顔を見て満足そうにうなずいた。

「……大いに励んだようだな。ユウナレスカ様もそなたを歓迎するであろう」

ユウナレスカ。
死人となってこの世にとどまる、伝説の召喚士。
彼女に会って、なんとか打開策を見つけたい。
そう思いながらエボンドームに足を踏み入れると、ふわりと人影が横切った。

「何、今の何?」

リュックが泣きそうな顔でゆきに飛びつく。
ゆきも驚いていると、アーロンがかつてここを訪れた者だ、と告げた。

「幻光虫で満ちたこのドームは巨大なスフィアも同然だ。想いをとどめて残す。いつまでもな」

幽霊ではないとわかり、リュックがこわごわとゆきから離れる。
その後も、様々な人達の記憶がうかんでは消えていった。

『嫌だ!』

少年の泣き声が響いた。

『やだよ、母様!母様が祈り子になるなんて』
『こうするしかないの。私を召喚してシンを倒しなさい。そうすれば皆あなたを受け入れてくれる』
『皆なんてどうでもいいよ。母様がいてくれたら何にもいらないよ!』
『……私には、もう時間がないのよ』

泣きじゃくる少年と母親の姿は、そこで消えた。
青い髪の少年にはどこか見覚えがある。

「おい、今のってよ」
「……シーモア?」

やっぱりそうか。
シーモアの召喚獣を思い出す。あれがきっと母親だ。
人間とグアドの間に生まれ、一族から疎まれてすごした子。
あんなに小さい頃に母親を失ったのか。
やりきれない思いを胸に進むと、今度は男3人の姿が浮かび上がった。

「あっ」

ティーダが思わず声をあげた。
彼らの姿は、これまでにも何度かスフィアで見ている。
ユウナの父ブラスカと、ティーダの父ジェクト、そしてアーロンだ。

『なあ、ブラスカ。やめてもいいんだぞ』
『気持ちだけ受け取っておこう』
『……わーったよ、もう言わねえよ』
『いや、俺は何度でも言います!』

10年前のアーロンが声を張り上げる。

『ブラスカ様、帰りましょう! あなたが死ぬのは…嫌だ』
『私のために悲しんでくれるのは嬉しいが……私は悲しみを消しに行くのだ。シンを倒し、スピラをおおう悲しみを消しにね』

シンを倒す時、召喚士もまた死ぬ。
わかっていて始めた旅だとしても、その時が近づくと決意はゆれる。
うつむくアーロンを見て、ブラスカは目を細めた。

『わかってくれ、アーロン』

そこでブラスカ達の姿はかき消えた。
皆、何も言わずにまた歩き始める。
この道を通る者は皆、似た思いをかかえていたんだ。

試練の間を越えた先。
究極召喚を求め、一人で地下へ降りたユウナがすぐ引き返してくる。
皆で地下に降りてみると、究極召喚の祈り子はすでに力を失っていた。

「奥に進むがよい。ユウナレスカ様の御許へ」

ユウナレスカ様が、新たな究極召喚の力を授けてくださる。
どこからともなく現れた老人はそう言って消えた。

「……アーロン、あんた最初っから知ってたんだよな」
「ああ」
「どーして黙ってたの!?」
「お前達自身に真実の姿を見せるためだ」

この先に何があるのか。
皆、緊張の面持ちで先へと進む。
現れたのは、見覚えのある女性だった。
グアドサラムでシーモアに見せられた映像に映っていた。

「ユウナレスカ様……!」
「ようこそ、ザナルカンドへ」

なまめかしい衣装に身をつつんだ、目の覚めるような美女。
ユウナレスカは召喚士とガード達を見渡すと綺麗に微笑んだ。

「長い旅路を越え、よくぞたどり着きました。大いなる祝福を今こそ授けましょう。わが究極の秘儀、究極召喚を」

ユウナレスカがユウナに手をさしのべる。

「さあ、選ぶのです」

首を傾げたユウナを見て、ユウナレスカが言葉を続ける。

「あなたが選んだ勇士を一人、私の力で変えましょう。あなたの究極召喚の祈り子に」
「なっ……」

「究極召喚は召喚士と強く結ばれた者が祈り子となって得られる力。二人を結ぶ思いの絆が、シンを倒す光となります」

ようやくたどり着いた真実。
伝説の召喚士の言葉に、皆が息をのんだ。



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