20
「ねえねえ、おっちゃん!」
弾んだ声が聞こえる。ふりむかずにいると、声の主がアーロンの前にまわりこんできた。
きっとろくでもない用件にちがいない。
アーロンがわずらわしそうに眉をよせると、リュックは口元をつり上げた。
「ゆきの恰好、いいでしょ」
リュックが腰に手をあて、誇らしげに体をそらせる。
「真っ白な生地に、金色の刺繍がちょちょーっと入ったあのローブ。防御力が高くて、魔導士に人気なんだって」
「……」
アーロンが何も言わないのをいいことに、リュックは得意げに続ける。
「中に着てるシャツとショートパンツは、すっごくやわらかい素材で気持ちよかったんだぁ。あとはタイツと、歩きやすそうなロングブーツ」
リュックの言葉がまるで呪文のように感じられる。
気のせいか、頭痛がしてきた。
「おっちゃん、きっとああいうシンプルで露出少なめなかんじが好きだと思ったんだよね」
「……どんな返答を期待しているのかわからんな」
「似合うってちゃんと言ってあげた?」
「大人をからかうな」
「からかってなんかないよ。応援してるだけ! こういうことは言える時に言っておかなきゃ」
シンに脅かされて生きてきた人間達にとって、それはごく自然な考え方だ。
明日生きていられる保障なんてない。
言える時に自分の気持ちを伝えておく。
後悔のないように。
だからこそ、スピラでは10代で結婚する者も多い。
しかし自分の状態を考えれば、それは許されない。
ゆきのことを思うなら、なおさら。
「おっちゃん?」
黙り込んだアーロンを、リュックが不思議そうに見上げてくる。
「どしたの?」
「なんの話っすかー」
「……」
早々にこの面倒な会話を切り上げよう。
そう思って口を開こうとした矢先に、うるさいのが増える。
この二人がそろうとやかましくてかなわない。
子ども達を前に、アーロンの口から自然とため息がもれた。
おや。なんだか珍しい組み合わせだ。
果物を食べ終えたゆきの目が、ふと三人の姿をとらえた。
ティーダとリュック、それにアーロン。
距離が少し離れているから、何を話しているのかまでは聞こえない。
面倒くさそうな表情のアーロンが、ティーダにむかって喋りだした。
今度はティーダが顔をしかめたが、アーロンがそれに気を悪くする様子はない。
何度か会話が続けられた後、話が終わったのか、これ以上何か言われないためか、ティーダがその場を離れた。
まっすぐこちらへやってくる。
「何か言われたの?」
「あー、備えは万全にしておけよってさ。言われなくてもわかってるっつーの」
「あはは、そっか」
ティーダが口をとがらせるのを見て、つい笑ってしまった。
憎まれ口がどこか微笑ましい。
ティーダとアーロンの間に流れる雰囲気は、やはり本物の親子のようだ。
実際、長い時間を一緒にすごしてきたから、アーロンにはきっと親心のようなものが芽生えている。
時には厳しく、時には諭すようにティーダへ声をかけるところを、これまで何度も見てきた。
「……ゆきは大丈夫っすか」
「ん?」
「ほらその、色々あったから」
ティーダを見上げると、照れたように視線をそらされた。
優しい気遣いが嬉しくて、口元が緩む。
「大丈夫。ありがとね」
そう言うと、ティーダはほっとしたような表情を見せた。
「ゆきがいなかった間、アーロンの機嫌が悪いのなんのってさあ」
「そうなの?」
「そうそう。心配で仕方なかったんだろうな」
「……そっか」
心配をかけたことは申し訳ないけど、どこかに嬉しい気持ちもあった。
昨夜のことといい、リボンのことといい、今の自分はなんだか変に意識してしまいそうだ。
なんでアーロンはこんなによくしてくれるのだろう。
「ズーク先生!」
ルールーの驚いたような声に顔をあげると、人が歩いてくるのが見えた。
独特の服装は、寺院で見かけた僧官のもの。
一瞬緊張が走るが、ズークと呼ばれた人物は敵意がないことを表すように柔和な笑みをうかべた。
べベルの僧官であるズークは、いくつかの情報をもたらしてくれた。
ユウナ達にキノック暗殺の罪がかぶせられ、処刑命令が下されたこと。
ケルク・ロンゾ老師が辞任したこと。
表向きは平穏を保っていても、水面下でごたついていること。
シーモアはスピラを滅ぼし、救うと言っていた。
幹部が一度にぬけ、残った者達の理想は食い違っている。
べベル内部がごたつけばごたつく程、その統制に力を注がなければいけない。
追われる身である自分達には好都合だ。
ズークがべベルへ戻っていくのを見送ってから、一行もすぐに出立した。
「……」
シンとの最後の戦いの場に選ばれるくらいだ。
ナギ平原はおそろしく広く、道中で見つけたチョコボに乗るのもやむを得ないことだった。
「着いたぞ」
ふわふわの羽毛の感触は好きだけど、どうにもこの乗り心地には慣れない。
ぐるぐるまわる視界と吐き気に、ゆきはたまらず目をとじる。
「前にもこんなことがあったな」
アーロンに言われて、うめくように声をあげる。
「うう、情けないね」
「まあ、自分でどうにかなるものでもないからな」
そのまま会話が途切れ、アーロンと視線がかちあう。
なにか言いたげな黒曜石の隻眼に、どきりとする。
「なに?」
「……いや、なんでもない」
来い、とばかりに両腕を軽く広げられる。
今回もチョコボから降りるのに手を貸してくれるらしい。
「ありがとう」
意識しないようにしても、つい頬に熱が集まってしまう。
『頼って当然。守られて当然と思うな』
そう言いながら、アーロンはなんだかんだで面倒見がいい。
成人しているとはいえ、ゆきとアーロンとでは年の差がある。
手のかかる子どもの一人。
自分にむけてくれているのも、そんな年長者のような、父親のような感情なのかもしれない。
複雑な気持ちを抱きながら手をのばすと、アーロンはしっかり抱きとめてくれた。
「スピラが好きです」
シンを倒して皆にナギ節を届けたい。
霊峰にユウナの凛とした声が響き渡る。
その切実な思いを聞き届けたロンゾの長は、道をあけてくれた。
寺院と決別しても使命を全うしたい。
そう願うユウナの思いを認めてくれたのだ。
ロンゾの一族の歌を聞きながら一行は先へと進む。
雪深い山のあちこちに、他の召喚士達の武器が落ちていた。
道半ばで散っていった無念さを思っていると、ふとリュックが立ち止まった。
「……山こえたらザナルカンドだよ」
リュックが静かに言った。
「あたし、なんも思いつかない」
「リュック……」
リュックのつぶやきに、ティーダとゆきが足をとめる。
「行けば何かわかるって。きっとそこから始まるんだ」
ティーダの言葉にゆきが頷く。
そのために自分達はここまできたんだ。
「今、頼れるエースってかんじしたよ」
「ザナルカンドエイブスのエース。最初から言ってるだろ」
「ははー」
ティーダの言葉に、リュックが恭しくお辞儀をした。
「行こう。ほら、ゆきも」
「うん」
そう。これからだ。
ユウナを死なせず、シンを倒す方法を絶対見つける。
ティーダに肩を叩かれて、ゆきが歩き始めようとした瞬間。
「あー!」
顔をあげたリュックが大きな声をあげた。
その視線の先を追って、思わずかたまる。
「ほう、ジェクトの息子か」
シーモアが不敵な笑みをうかべて立っていた。
「……リュック。先に行ってアーロンに伝えろ」
「お願い、リュック」
「う、うん」
リュックが慌てて走り出す。
ティーダを一人で残すわけにはいかない。
ゆきは素早くロッドを取り出し、態勢を整えた。
「ゆき殿。久しぶりにお会いできましたね」
「何をしにきたの」
かけつけた一行の中にキマリを見つけて、シーモアは嗤った。
「ロンゾの生き残りに伝えたいことがある」
その言葉に、異界送りをしようとしていたユウナの動きが思わずとまる。
「実に勇敢な一族だった。私の行く手を阻もうと捨て身で挑みかかり、一人、また一人と」
絶句するキマリを、ユウナが悲痛な面持ちで見上げる。
「……なんてことを……」
アルべドのホームでの惨状を思い出し、ゆきのロッドを握る手に力がこもる。
「そのロンゾの悲しみ、癒してやりたくはないか」
「何を言いたいのです!」
「彼を死なせてやればいい。悲しみは露と消える」
死ぬことで救われる。
そう告げるシーモアの表情は氷のように冷たい。
「スピラ。死の螺旋にとらわれた、悲しみと苦しみの大地。すべて滅ぼして癒すために、私は新たなシンとなる。あなたの力によって」
手をさしのべられたユウナは、シーモアをじっと見すえたまま動かない。
「私が新たなシンとなれば、お前の父も救われるのだ」
シーモアの言葉に、ティーダがびくりと体を震わせた。
一瞬泣きそうな顔でうつむいたティーダが、剣を手に走り出す。
「……っ、お前に何がわかるってんだ!!!」
ティーダの叫びには、強い怒りと悲しみがこもっていた。
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