19
「ん……」
眩しさを感じ、眉をよせる。
目をあけると、すぐ隣にユウナがいた。
そのまま少しまどろんだ後、ゆきはゆっくりと身を起こした。
あちこちの植物に朝日が反射して光っている。
だから眩しかったのか。
寝起きで頭がまわっていないのを感じながら、ぼんやりと空を見上げた。
昨夜はゆきとリュックで、ユウナをはさむようにして眠った。
ルールーが呆れたような、でも優しい表情で笑っていたのを覚えている。
ユウナとリュックの穏やかな寝顔を見下ろし、目を細める。
ルールーの姿はすでにない。
きっともう身支度を始めているのだろう。
そう思いながら、のびを一つする。
朝の澄んだ空気を胸いっぱいにすいこむ。
すがすがしい気分だ。
どんな窮地に陥っても、こうして朝がくる。
新たな一日の始まりだった。
「うわ、すごい!」
一行が森をぬけると、平原が広がっていた。
その広大さに思わず声がもれる。
「ナギ平原。歴代の召喚士様がシンと戦った土地」
ルールーがどこか懐かしそうに教えてくれた。
目に鮮やかな緑は美しかったが、あちらこちらに地割れや陥没した跡が見える。
ああ、そうか。
あのひとつひとつが、平和を取り戻すための激しい戦いの跡なんだ。
「この先にはもう街も村もない。道なき荒野よ」
「だからこそ、道を見失って迷う召喚士もいる」
ガード達の言葉にユウナは空を見上げ、そのまま寝転んだ。
皆が静かに見守る中、ユウナは大きく深呼吸する。
「私は……迷わないよ」
じっと空を見すえたまま、若き召喚士は呟いた。
自分の気持ちを確認するような、言い聞かせるような。
そんな物言いだった。
「俺、死なせない。絶対なんとかする」
ティーダが真剣な表情で手をさしだす。
ユウナがその手をとると、ティーダは軽々とユウナをひっぱり起こした。
意外と力持ちだと感心して、すぐに思い直す。
ルカで出会った頃のティーダは、武器の扱いに不慣れな様子も見せていた。
彼の武器は比較的軽量で、身軽に動けるのが利点だが、それでもどこか武器にふりまわされているようだった。
それが今では見違えるくらいにたくましい。
それだけ経験を積み、努力を重ねたということだ。
短期間でティーダはめざましい成長をとげた。
そこから感じる可能性。
ゆきも他の皆も、今考えていることはきっと同じだ。
「行こう」
ユウナを死なせない。
一行はしっかりとした足取りで、平原を歩き出した。
時折襲ってくる魔物を倒しながら進む。
平原の広大さに疲れを感じ始めた頃、見えてきたのは旅行公司だ。
きっと最後の補給地点になると踏み、一行は休息とアイテムの補充をすることになった。
ティーダ達が必要な物を買いそろえてくれている間、ゆきはリュックと服を選んだ。
「んー! 楽になった!」
着替え終わったゆきはテントから出ると、のびをした。
先程までの華やかなドレスとはうってかわり、シンプルで動きやすい服装だ。
これなら、この先の激しい戦いでも貢献できるだろう。
備えつけられた鏡で全身を確認していると、アーロンがやってきた。
「着替えたのか」
「う、うん」
鏡ごしに目があい、どきりとする。
昨夜のことを思い出してしまって、どうにも落ち着かない。
「ついでにこれも身につけておけ」
「なに?」
手渡されたものを見ると、綺麗なリボンだった。
アーロンには不似合いの可愛い代物に目を瞬かせる。
「それは防具だ。大抵の状態異常を防げる」
「大抵の、って優れ物だね」
リボンからは確かに特別な力が感じられる。
これまで幾度となく店をのぞいてきたが、見かけたことがない。
となると、気軽に売り買いされるような物ではないのかもしれない。
「これ、貴重なものなんじゃない?」
「かまわん。シーモアに魔法をかけられていただろう。ヤツともまたどこかで戦うことになる」
「……私が使わせてもらっていいの?」
「だから渡しているんだ」
アーロンはユウナのガードだ。
彼の立場上、何より優先されるのはユウナの身の安全。
ユウナが身につけるという選択肢もあるのに、今、貴重な防具はゆきの手の中にある。
「……」
ふと、シーモアの言葉を思い出す。
彼はユウナの力を借りて、新たなシンとなると言っていた。
どういう意味かわからないが、シーモアがユウナを利用するつもりなのはわかる。
少なくとも、『ユウナの力を借りる』時まで、シーモアはユウナに危害を加えないということだろうか。
きっとアーロンは何か知っている。
ただ、聞いたところで教えてもらえる気はしなかった。
「あれはお前に執着しているからな」
リボンを手に考え込んでいると、アーロンが静かに言った。
「先手をうたれては困るだろう」
「う……」
身動きがとれなくなったら、誰かを守るどころか、足手まといになってしまう。
壁際に追い込まれ、魔法をかけられた時のことを思い出すと、にわかに恐怖がよみがえった。
「じゃあ、遠慮なく」
これを使ってユウナをしっかり守ろう。
そう決めて、リボンをロッドに結びつける。
髪につけようかとも思ったが、なんとなく自分で見える場所につけたかった。
「ありがとう。アーロン」
「ああ」
サングラス越しに見える隻眼は、なんだか満足気だ。
優しく見下ろされるのがこそばゆくて、つい口元がゆるむ。
「あ、ゆき。着替え終わったんだ!」
買ったばかりの果物を抱えてリュックが戻ってきた。
「いいねいいねー、さっすがあたしが選んだだけある!」
「ありがとね。サイズもぴったりだったよ」
嬉しそうに頷くリュックの横を通り抜けて、アーロンは離れていった。
「そのリボンも買ったの? 可愛いじゃん」
「ああ、これ?」
色鮮やかなリボンはリュックの目をひいたようだ。
リボンが風にのってはためく様がとても綺麗だ。
見つめていると、なんだかアーロンに守られているような気がして嬉しくなった。
「……」
「ゆき?」
はたと我に返る。
まてまて。
今、何を考えた?
「どしたの、ゆき。顔赤いよ?」
果物をかじりながら、リュックがのぞきこんでくる。
「な、なんでもない! 私もおなかすいちゃったな」
「あ、じゃあこれ食べなよ」
リュックがごそごそと袋から果物をとりだしてくれる。
動揺をさとられないように、ゆきはそっとため息をついた。
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