14

この世界は変化を嫌う。
たった一滴の水滴でも、水面に落ちれば波紋を生む。
しかし今、大勢の民が『女神』に注目している。
邪魔者を消すのは簡単だが、使いようによっては有益な道具となる。
自分が助かったのはきっとそういうことだろう。

「大変お似合いです」

女性達が差し出した鏡を見て驚いた。
普段の軽装とはかけ離れた恰好のゆきが、そこにいた。

いつも束ねている髪はおろされて巻かれ、花を模した髪飾りがさしてある。
繊細な細工が施されたネックレスは、身じろぎする度に輝いている。
青い薄衣が幾重にも重ねられたドレスは足元に近づくにつれて色が濃くなり、まるで海が広がっているようだった。

「……」

どれもこれも上等な品であることは一目瞭然。
綺麗なものに心躍る女性は多いし、ゆきだって例外ではない。
しかしいつのまにかべベルに連れてこられ、飾り立てられている状況を考えると、素直に喜ぶ気分にはなれなかった。

「あの、ユウナは」
「ユウナ様は別室で婚礼のお支度をされています」

驚くことに、もうすぐユウナとシーモアの結婚式が行われるというのだ。
この装いから察するに、ゆきも参列することになっているのだろう。
ゆきは困惑していた。
シーモアはあの時、確かに倒した。
あれほどの傷を負って無事でいられるはずがない。
そこまで考えて、ゆきははっとした。
死者となったジスカルは、強い念でこの世にとどまっていた。
シーモアも、もうこの世の者ではないのかもしれない。

「ユウナ……」

結婚式が無理矢理行われるのか、ユウナの意思によるものかはわからない。
しかしどのみち危険な状況であるのは確かだ。
まずはこの部屋から抜け出さなければ。
どうしたらいいだろう。

「これはこれは」

突然響いた艶やかな声に、思わず肩が跳ねた。
気配もなく現れたシーモアは、いつもと違った衣装に身を包んでいる。
おそらく婚礼用の衣装だろう。
女性達は手早く身支度に使った道具をまとめ、頭をさげて部屋を出て行った。

「大変お美しい。まさに女神のようですね。女神の御心は誰に注がれるのでしょう」

わざとらしく腕を広げて演技がかった仕草を見せるシーモアを、ゆきは睨みつけた。
悔しいが、一対一では勝ち目はない。
この部屋の出口は一つ。
シーモアの横をすり抜けて逃げるのも、今の動きにくい服装では難しいだろう。
せめてもの抵抗に、ゆきは距離をとるように後ずさった。

「痛むところはありませんか」
「……ええ」

アルべド族のホームで、ゆきは確かに大怪我を負ったはずだった。
痛みも焦げた臭いも、鮮明に覚えている。
しかし次にゆきが目覚めた時には、傷はすっかり癒えていた。
きっとユウナが癒しの魔法をかけてくれたのだろう。

「それはよかった。あなたを誤って傷つけた者は処罰しておきました」

穏やかな笑みとは裏腹の冷たい言葉に、ゆきは背筋が冷たくなるのを感じた。

「なぜアルべド族のホームを攻撃したの」
「邪魔だったもので」
「邪魔って……!」

禁止された機械を使い、独自の生活を築いているアルべド族。
エボンの掟に背いていたとしても、悪い人達には思えなかった。
きっと大勢の犠牲者が出たに違いない。
ゆきは悔しくて拳を握る。

「あなたが何を企んでいるか知らないけど、これ以上好きにはさせない。ユウナは、そして私も旅を続けます」
「それは結構。終焉に向けて旅を続けるのですね」
「……何が言いたいの」
「おや、もしや知らないのですか。召喚士が何と引き換えにシンを倒すのか」

シーモアは楽しげに笑った。

「命です。召喚士は究極召喚のために命を捧げるのです」

一瞬、言われたことが理解できなかった。
結婚とか、恋愛とか。
ユウナが年頃の女の子らしいことを考えてこなかった理由。
召喚士の覚悟。
厳しい旅の先にあるもの。

「……っ」

ああ、そういうことだったのか。
ユウナ達召喚士は、なんてものを背負っているのだろう。
頭を殴られたような衝撃。
気を抜くと涙がこぼれそうだった。

「……ユウナは死なせない」
「どうするというのです」

不意にシーモアが動いた。

「そう怯えないでください」
「怯えてなんかない」

表情と声色はこの上なく優しいが、それがかえって心の闇を際立たせる。
虚勢を張って後ずさるが、あっという間に壁に追い詰められてしまった。

「アーロン殿の言うことも一理ある。鳥かごに小鳥を閉じ込めたような気分ですね」

シーモアが悠然と見下ろしてくる。
ひるむな。
ゆきは自分を叱咤して、碧眼を見すえた。

「なぜ私にこだわるの。もっと腕のいい魔導士なんて大勢いるでしょ」
「あなたの腕が魅力なのも本当ですが……どこか似ているのです」
「似ている? 一体何が……」

何か香水でも使っているのだろうか。
頭がさっきからくらくらする。

「ゆき殿。あなたはスピラの人間ではないのでしょう?」

息をのんだゆきを見て、シーモアは満足そうに目を細めた。

「この世界に縛られないあなたを、私のものにしたい。そう思ったのです」
「……これから結婚する人の台詞ではないね」
「ユウナ殿は私の大願のために必要な方。この気持ちに偽りはありません」

甘い香りに眩暈がし、つい反応が遅れた。
腕をひかれ、シーモアの胸に飛び込むような形になる。
慌てて腕をつっぱねても、びくともしない。

「離して!」

大きな手に視界をふさがれた途端、体がしんどくなる。
しまった。
何か魔法をかけられた。
内心舌打ちするが、もう手遅れだ。
なすすべなく崩れ落ちそうになった体を、シーモアに抱き上げられた。

「う……」
「もうすぐ式が始まります」

魔法で苦しむゆきに、なるべく振動が伝わらないように。
そんな配慮が感じられる、静かな足取りだった。
その様子からは冷酷さが感じられない。
一体、どちらが本来のシーモアなのだろう。
そっとベッドに寝かされながら、ゆきは戸惑う。

「大人しく見届けてください。あなたを手にかけたくはありません」

まるで幼い子どもに言い聞かせるような、優しい声色だった。
大きな手で頬をなでられ、髪をもてあそばれる。
身をよじって嫌がるゆきの手をとり、シーモアはそっと唇を寄せた。
手の甲に口づけられて、悲鳴をあげそうになる。
嫌悪感でいっぱいのゆきを残し、シーモアは部屋を後にした。

「なんなの、もう!」

体を起こそうとするが、うまく力が入らない。
回復を試みるが、手がむなしく空を切るだけで譜術が発動しない。

「やられた……」

ゆきは悔しげにつぶやき、目をとじた。



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