12

宵闇の中、煌々と輝く街灯り。
幼い少年。
それを眺める誰かの感情が流れ込んでくる。
とても穏やかで、優しい気持ちだった。

反逆者の汚名をきせられて、マカラーニャ寺院から逃げて、落ちた先はシンの上。
気がつくとゆきはアルべド族のホームにいた。
シンの背中に乗せられて、かなり遠くまで来たらしい。

ゆきが目を覚ました部屋には、他にも数人の人間がいた。
その中で見知った顔はユウナのみ。
そのユウナも、今はただ静かに眠っている。

「……」

ティーダ達は無事だろうか。
外の様子をうかがおうにも、この部屋には窓がない。
あたりは砂漠らしいが、室内の温度は暑くも寒くもなく、快適に保たれていた。
無機質な壁のいたるところから、モーター音が響いてくる。
機械を禁止するスピラでは、あまり見かけない雰囲気だ。
アルべド族は世界中からうとまれ、差別の対象になっているという。
世界中に散らばったアルべド族が集まり、作り上げた居場所。
これだけの代物を作り上げるのに、どれほどの労力を費やしたのだろう。

「ん……」

傍らに寝転ぶユウナが、小さく声をもらした。
頬に負っていたかすり傷は、先程ゆきが譜術で治した。
あれだけの怒涛の展開をくぐりぬけてきたのに、大した怪我もないのは奇跡だった。
こういうのを、スピラの人は『エボンのたまもの』と表現するのだろうか。

頬にかかった髪をそっとはらってやる。
ユウナの寝顔はとても穏やかで、少しでも長く眠らせてやりたい気分になった。
目を覚ましたら、彼女はまた数々の困難に立ち向かわなければならない。
世界はなんて残酷なのだろう。

「ゆき。ユウナの様子はどう?」
「あ……」

ふりかえるとドナが立っていた。
露出の高い服装だから、なんとなく目のやり場に困る。
さりげなく目をそらしながら、ゆきは頷いた。

「うん、大丈夫みたい。ありがとう」
「そう」

口調はそっけないが、ドナもユウナを気にかけているようだった。
この部屋には、ゆき達の他にも数人の先客がいた。
召喚士のドナとイサール。
イサールのガードである、マローダとパッセだ。
くわしい事情はわからないが、彼らは旅の最中にアルべド族に捕まったらしい。

「ドナさんも無事でよかった。バルテロさんが心配してたよ」

マカラーニャの森で出会った、ガードの男を思い出す。
血相を変えてやってきた彼を、アーロンが静かに諭していた。

「ええ。早くここを出て、再会したいものだわ」

頬に手をあて、ドナが悩まし気にため息をついた。
様子から察するに、ドナとバルテロは恋人関係にあるらしい。
イサールとガードの二人は兄弟だと聞いた。
召喚士とガードの関係は様々なようだった。

「アルべドのホームともなると、それなりに相手の数が多そうでね。どう突破しようかと思っていたのよ」
「ああ……」

ドナの言葉に合点がいったゆきが頷く。
アルべド族が身を寄せあって作り上げた場所だ。
いざという時のために、武器の用意もあるだろう。
何の目的で彼らが自分達をここに連れてきたかはわからないが、ここから逃げ出すのは骨がおれそうだ。

「噂の女神様なら、どうにかできない?」
「女神?」
「あなたのことでしょ? ユウナと一緒に行動している魔導士って聞いて、すぐわかったわ」
「え? な、何の話?」
「やだ。噂されている当の本人が知らないの?」

待て。本当に、いったい何の話だ。
嫌な予感がしながら慌てて立ち上がると、ドナは呆れたようにため息をついた。

「あなた、ちょっとした有名人よ。祈り子様の歌とも違う、不思議な歌で人を癒す。その姿はまるで女神のようって」
「なっ……」

思わず言葉につまる。
どうやらミヘン・セッションでの出来事が、大分美化されて広まっているらしい。
頬にじわじわと熱が集まるのを感じ、ゆきは頭を抱えた。
いやいやいや。
女神なんてガラじゃない。
誰が流したか知らないが、なんて恥ずかしい噂を。
穴があったら入りたいとはこのことだ。

「それで? なんとかなりそうかしら」
「……」

羞恥に頬を染めるゆきとは対照的に、ドナはいたって冷静だった。
無理矢理に心を落ち着かせながら、考えを巡らせる。

目的はあくまでここからの脱出。
むやみに人の命を奪うことはしたくない。
アルべド族達の動きを一時的に封じられたら十分。
となると。

「……大勢の人を眠らせる術を知ってる」
「上出来ね。ユウナが目を覚ましたら決行しましょう」
「君が来てくれて助かったよ。ようやくここを出られる」

ほっとしたように言ったのはイサールだ。
イサールはドナの隣までやってくると、人好きのする笑みをうかべた。

「それにしても、大分足止めを食ってしまったわね」
「ああ。一刻も早く旅を再開しないと」
「……シンを、倒すための?」
「それ以外、何があるっていうのよ」

ゆきがぽつりと呟くと、ドナが怪訝そうな顔をした。

「あなたの力がどんなにすごかろうと、シンを倒せるのは召喚士だけよ」

ドナの言葉を聞いたイサールが、微笑みながら頷いてみせる。

「どんなことがあっても、やり遂げてみせるさ」
「……どうして」

彼らの目には静かな決意が宿っている。

「どうして、そこまでできるの」
「……誰かが悲しむのを見るのは沢山なんだよ」
「ねえ、何の話してるのっ?」

走ってきた子どもがイサールに飛びついた。
イサールの弟のパッセだ。
あどけない笑顔が可愛い。
兄も幼い弟が可愛くて仕方ないらしい。
イサールは小さな頭を愛おしそうに撫でた。

「……」

途中で力尽きるかもしれない、危険な旅。
自分の命以上に大事な、守りたいもの。
この人達も『覚悟』を決めているのだ。


突然、部屋の扉が開いた。
驚いたゆきがふりむくと、アルべド族の男が数人入ってきた。
男達の中には銃を構えている者もいる。

「大丈夫だよ。食べる物を持ってきたんだ」

反射的に身構えるゆきの手をとって、パッセが言った。
銃を持たない男が、大きな荷物を持ってこちらにやってくる。

「僕達がもらおう。マローダ」
「おう」

大股で歩いてきた男は無言で荷物を差し出してきた。
パッセの言った通り、中身は水や食料のようだった。
こうしたやりとりはすでに何度もくりかえされているようで、イサールやマローダが慣れた様子で受け取った。

外が砂漠なら、水も食べ物も運んでくるのに相当な手間がかかるはず。
ドナやイサール達は捕まったと言っていたし、ユウナもルカで連れ去られそうになった。
アルべドの狙いは召喚士だ。
大事な物資を分け与えてまで、なぜ彼らはここに自分達をとめおくのだろう。

荷物を受け渡した男が、ちらりとユウナを見た。

「……この子ももうすぐ目を覚ますと思うよ」

無表情な男だったが、どこかユウナを心配しているように見えた。
言葉は通じないかもしれないが、声をかけてみる。

「……寝ていたほうが幸せだろうに」
「っ!」

通じた。
それ以上に、男が苦々しく言い放った内容に驚く。
男の言葉には、ユウナを気遣う気持ちがにじんでいた。
召喚士を軟禁する理由がそこにある気がして、思わず手に力がこもる。

「ねえ。どうして私達をここに連れてきたの?」
「……召喚士は生贄だ」

男の言葉を聞いて、隣のパッセが首を傾げる。
幼い子には生贄の意味がわからないのかもしれない。

「召喚士が旅を続けるだけじゃ何も変わらない。だから『保護』した」
「……それって」

ゆきの声をかき消すように爆発音が響いた。
強い衝撃によろける。

「きゃあ!」
「なんだ!!」

けたたましい警報音が鳴り響き、アルべドの男達が部屋に飛び込んできた。

「ハシダトチサ!!」
「ヅワゴダヤコオムユエセチサ!」

男達は部屋にいた人間達をとりかこみ、一斉に銃を構えた。
銃口は部屋の入り口に向けられている。
遠くで爆発音や銃声が響いている。
心なしか、それらが近づいているようにも感じられた。

「う……」
「ユウナ!大丈夫?!」

ユウナが目を覚ました。
起き上がろうとする彼女に手を貸す。

「ゆき、これって」
「わからない。けど、いい状況ではないね」

ドンッ……ドンッ……
何かが体当たりするような、鈍い音。
部屋の扉が破られようとしている。
何者かに襲撃を受けているのは明白だ。
ユウナを背にかばうようにしてゆきが身構えた瞬間、扉が破られた。
咆哮とともに魔物が飛び込んでくる。
アルべド族が魔物に向けて一斉に攻撃を開始した。

魔物の背後に人影が見えた。
見覚えのある特徴的な姿。
グアド族だ。
グアド族が魔物を操っているのか。
ためらいなく攻撃してくるところを見る限り、召喚士を助けに来たという雰囲気ではない。
いったい何が起きているのだ。

魔物を倒し、傷ついた人間を癒す。
混戦した状況の中で必死だった。
魔物は次々と現れて、じょじょに体力を削っていく。
近くで男が苦しそうに倒れこんだ。
男の前には魔物がいて、今まさにその喉笛に牙を立てようとしている。

「っ、この……!!」

詠唱が間に合わない。
飛び込んで、ありったけの力をこめてロッドで魔物を殴りつける。
魔物がひるんだ隙に譜術を放つと、魔物は雷にうたれて消えた。
倒れたままの男をふりむくと、その目からは光が失われつつある。
急がなければ。間に合わなくなる。

「待ってて、今すぐ回復をっ……」
「ゆき!危ない!!」

ユウナの叫び声に顔をあげると、グアド族の放った炎がせまっていた。
避けられない。
とっさに男におおいかぶさる。
次の瞬間感じたのは、強い衝撃。
全身を焼かれる痛み。
鼻をつく、焦げたにおい。


ああ。
無茶はしないって、アーロンと約束したのに。
これじゃあ怒られちゃうな。

脳裏に浮かんだのは、鮮やかな緋色をまとった男。
ゆきの意識は、そのまま途絶えた。




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