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『老師を殺めた反逆者』

その言葉にショックを隠せないユウナを連れて、寺院から逃げだした。
氷の参道を駆け抜けて、湖に着いて。
それから、それから……。

「っ!」
「目が覚めたか」

飛び起きるとアーロンの声が響いた。
ルールーがほっとしたように近づいてくる。

「ゆき、大丈夫?」
「うん……皆は?」
「皆も無事よ」

ルールーに助け起こされながら、あたりを見渡す。
霧の立ち込める中、朽ちた建物の残骸がそこかしこに転がっていた。
魔物が凍った湖面を打ち砕いたところで、記憶は途絶えている。
ということは。

「ここは、湖の底なの?」
「そうみたい。あれ、マカラーニャ寺院の底よ」

見上げると、確かにそれらしき建物が見えた。
これだけの高さを落ちてきて、無事でいられたのは奇跡だ。
湖の表面を覆う氷と水との間に、空気の層があったのが助かった要因のようだった。
氷の下ともなると、そうそう追ってこられないのだろう。
追手の気配もない。

「ゆき! 起きてたのか」
「ティーダ」

ティーダはゆきを見ると、嬉しそうに駆け寄ってきた。
その元気そうな様子にほっとする。

「さて、どうしたものかな」

互いの無事を喜ぶゆきとティーダをよそに、アーロンがつぶやいた。

「あんたってさ、とりあえずやってから考えるって感じだよな」

アーロンにじとりとした視線を向けるティーダを見て、思わず笑ってしまう。
確かにアーロンはそういう感じだ。
年相応の落ち着きとは裏腹に、意外に直情的で信念はまげない。
そんなところにゆきは少なからず好感をもっていた。




「……シーモア老師に、ジスカル様のことをきこうと思ったの」

目を覚ましたユウナは、ぽつりと言った。
父親を殺したことについて、きちんと寺院の裁きを受けてほしかった。
そのために必要なら、結婚しようと思った。

「……」

いつも一生懸命で真面目なユウナの考えそうなことだった。
ユウナの独白に思わず目を閉じると、底冷えのするようなあの表情を思い出した。
父親を殺したことと、つらい幼少期の経験は、おそらく無関係ではないだろう。
悲しみ、怒り、絶望。
今となっては確かめようもないが、彼の胸には様々な感情がうずまいているようだった。

「決めねばならんのは、今後の身の振り方だ」

ユウナの後悔の言葉を遮ったのは、アーロンだった。
召喚士を育てるのは祈り子との接触。
寺院の許可や教えではない。

「旅を続ける覚悟があるなら、俺は寺院と敵対しても構わんぞ」

平然と言い放ったアーロンに皆が驚く。
それに異を唱えたのはワッカとルールーだった。
罪は罪として償うべき。
二人はそう主張した。
皆の言葉をじっと聞いていたユウナが、やがて顔をあげる。

「べベルに行って、マイカ総老師に事情を説明しよう」

マイカ総老師。エボンの頂点に立つ人物だ。
べベルに行ったら、即捕縛される可能性もある。
しかしこれ以上事を荒立てずに旅するためには、それに望みを託すしかなさそうだった。

「アーロンさん……一緒に来てくれますか?」
「事を荒立てたのは、俺だからな」
「そうそう。大抵アーロンが話をややこしくするんだよな」
「だよねえ。キマリがガーって吠えて、おっちゃんがつっぱしってさ」
「……ついてこいと言った覚えはない」
「仲間が行ったら、ほっとけるかっつうの!」

ティーダの軽口で場の雰囲気が和らぐ。
次にやるべきことが見えた瞬間だった。



ユウナと手分けして、全員の怪我の具合を見てまわった。
寺院から逃げる時に追手と何度も戦闘を繰り広げ、この高さを落ちてきたのだ。
致命傷には至らなくても、皆あちこちに擦り傷を作っていた。

「手当はすんだのか」
「うん。皆、軽い傷ですんでよかったよ」

ひと段落ついて、アーロンの隣に落ち着く。

「……」

そういえば、最近アーロンのそばにいるのがお決まりになりつつある。
なんでだろう。
アーロンは大きいから、安心感があるのかな。

「……何かくだらんことを考えているだろう」
「ち、違うよ。どうやったら湖底から抜け出せるかなって考えてたの!」
「どうだかな」

アーロンに図星をつかれながら、慌てて空を見上げる。
地上は遠い。
本当にどうやってのぼろう。
黙り込むと、あたりに響くのは歌声だけとなった。

「この歌って、誰が歌ってるの?」
「祈り子だ」
「綺麗な声……」

透明感のある、女性の美しい歌声。
目をとじて聴き入ると、心が落ち着くのがわかった。
い、え、ゆ、い。
どんな意味だろう。

「……お前もまんまと巻き込まれたな」
「うーん……でも、私もシーモアに手出しちゃったよ」
「性格だな。一見大人しそうでいて、すぐに熱くなる」
「アーロンに言われたくありませんー」

軽口を聞いたアーロンは、ふっと笑った。
穏やかな表情だった。

「……ううん、巻き込まれたんじゃない。今までのは全部、私の意志でやったことだよ」

先程までの緊張感から解放されて、祈り子の歌を聞いて。
気持ちがほぐれたのかもしれない。
少し話がしたくなった。

「私のいた世界ではね、少し前まで色んなことを預言っていうもので決めていたんだ」

アーロンは静かにゆきの話を聞いていた。

「預言は神様のお告げのような、占いのようなもので。その日やること、将来の夢、結婚相手まで。幸せになれるって信じて、皆律儀に預言を守ってた」
「……似ているな。そちらのほうが重症かもしれん」
「そうでしょ」

互いに何が、とは言わない。
ワッカがエボンをどこまでも信頼し、アルべド族を嫌うのは、ある意味仕方のないことだ。
エボンの教えも預言も、生まれた時から刷り込まれてきたもの。
渦中にいれば、疑問を抱くこともできない。

「預言は元々嫌いだったけど……やっぱり自分で考えるって大事だと思う」

自分の目で見て考える。
その当たり前のことができずにいる人間は多いのだ。

「あきらめなければ、考えて行動することをやめなければ、きっと何か見えてくる」
「……見違えたな」
「ん?」
「いや、元々そうだったのか」

アーロンがどこか眩しそうな表情で見下ろしてくる。

「以前のお前は、自分を奮い立たせるためにそういう言葉を使っていた」

そう言われて、ある場面を思い出した。
ミヘン街道の旅行公司。
綺麗な夕日を眺めながら、アーロンと会話したことを思い出す。

オールドラントに帰る手がかりがあるかわからないけど、やるだけやってみないと。
旅が始まって間もない頃。
不安で仕方なかった時に出たあれは、確かに自分に言い聞かせるように言ったものだった。
ほんの少し前のことなのに、随分と懐かしく感じる。
それだけ気持ちに変化があったということなのだろう。
帰る手がかりは未だ見つからない。
けれど、あの頃感じていた心細さは薄れていた。
スピラを知り、様々な人に出会ううちに少しずつ。
中でも彼の存在はひと際鮮烈で、まるで道しるべのようだった。

「アーロン」

顔をあげると、穏やかな目に見つめられる。
ああ。
アーロンのそばにいたくなる理由って、これだったんだ。

「アーロン、あのね」

言葉を続けようとして感じた、違和感。

「……?」

祈り子の歌が途切れた。
そう思った瞬間、地面が揺れる。

「なんかいるんじゃねえか?!」
「……下だ!」

地面がまるで生きているように、大きくうねる。
いや、地面ではない。
自分達が立っているのは。

「シン?!」
「毒気に気をつけて!」

海にのまれるような感覚。
意識が薄れていく中、目の前にある光景が広がった。

グアドサラムで見た景色と似ている。
ここはザナルカンド、だろうか。
夜でも煌びやかに輝く大都市。
いくつも転がっているブリッツボール。
その先で、小さい男の子が膝を抱えている。

俺様の息子は可愛いんだ、と誰かに自慢されているような気がした。



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