10


森をぬけると雪原が広がった。

絶えず雷鳴がとどろく平原、クリスタルのように輝く森。
今度は銀世界だ。

「祈り子様の影響ね。このあたりは特別寒いから、いつもこうよ」
「へえ……すごいね。湖も凍ってる」
「足元に気をつけろ。転ぶぞ」
「だ、大丈夫だよ」

ルールーの説明を聞いて感心していると、アーロンに釘をさされた。
先程の森の中での会話を思い出す。
どうやら彼にとってゆきは手のかかる子どもの一人のようだ。
何かにつけて助けてもらっているのは事実だけど、これでもルールーより年上なのにな。
もやもやした思いを抱えながら雪原を歩いていると、トワメルがやってきた。

「ユウナ様、ゆき様。お迎えに参上いたしました」

ユウナとゆきが屋敷を訪れたことが耳に入ったらしい。
シーモア老師のもとへ連れて行ってくれるようだった。
結婚しても旅を続けたい。
そう言うユウナに、トワメルが頷いてみせる。

「シーモア様もそのつもりでいらっしゃいます」

他の者はあとで寄越す使いの者と来てほしいと、トワメルは恭しく頭を下げた。
一行と別れることに一抹の不安を感じたが、しきたりと言われては仕方がない。

「あの……」

ユウナがアーロンを見て何か言いよどむ。
アーロンは静かにユウナを見つめた。

「ガードはいつでも召喚士の味方だ。好きなようにやってみろ」

年長者らしい落ち着きと、温かみの感じられる言葉だった。
かたかったユウナの表情が和らぐ。
こうして誰かの背中をおせるのが彼のすごいところだ。
ゆきがそう思っていると、不意に目が合った。

「お前もだ。無茶はするな」
「……うん」

ゆきと彼らの間には、召喚士とガードのように明確な絆があるわけではない。
それでもアーロンが気遣ってくれたことは、素直に嬉しかった。

ゆきとユウナが連れ立って歩き出すと、ティーダの指笛が響いた。

「了解っす!」

二人にしかわからない、何かの合図だろうか。
ティーダをふりかえったユウナは、嬉しそうに笑った。
ユウナのその表情につられて、ゆきの顔が綻ぶ。
人を支えるのは、いつだって人なのだ。



マカラーニャ寺院は、氷に包まれた美しい寺院だった。
荘厳な雰囲気に圧倒されながら参道を進むと、シーモア老師自ら出迎えてくれた。

まずは祈り子と対面を。
そう言われて奥へ通される。
老師と一緒だったので、試練の間は難なく通り抜けられた。
何か言いかけたユウナが祈り子の間に入ってしばらく経つ。

シーモア老師と二人きり。
この構図に、ゆきはへらりと笑うしかなかった。

グアド族の護衛がいるので、正確には二人きりではない。
ただ、言葉を発するのはシーモア老師とゆきだけだ。
シーモア老師は先程から優しく微笑み、色々と話しかけてくれていた。
彼の気遣いを感じ、苦手意識を抱いていることが申し訳なくなってくる。

改めてやりとりしてみると、シーモア老師は本当に非の打ちどころのない人物だった。
容姿端麗。穏やかな物腰。
知性を感じさせる会話選びに、艶やかな声。
シーモア老師とすれ違う人が皆笑顔をうかべ、深々と頭を下げていたことを思い出す。
若き指導者は周囲からもとても慕われているように見えた。

「何か?」
「ああ、いえ……この寺院もグアドサラムもすごく素敵なのは、老師のお力があってこそだなと」

そう言うと、シーモア老師は目を丸くした後、困ったように微笑んだ。

「私など。今でこそ周囲は賑やかですが、グアドと人の間に生まれた私は、小さな頃は随分と遠ざけられたものです」
「そう、でしたか……」

意外だった。
族長の一人息子として不自由ない生活を送るどころか、その幼少期はつらいものだったらしい。
だが、納得できる話でもあった。
どこの世界にも、自分と違うものを嫌う者は大勢いる。

「私としては、ゆき殿のお話がうかがいたいですね」
「私の話ですか?」
「ええ。ミヘン・セッションの時は驚かされました」

シーモア老師の青い瞳が妖艶に細められた。

「スピラには様々な種族がいますが、歌で人を癒すという話は聞いたことがありません。……どこで身につけたのです」
「……ええと……」
「ああ、すみません。困らせるつもりはなかったのですが」

彼は眉尻を下げて謝罪した。
ゆきは内心ほっとして肩の力をぬく。

私は別の世界から来ました。
そう言ったところで信じてもらえるかわからないが、真実を明かすことはなるべく控えたかった。
最悪、おかしなことを言う奴だと、捕まえられてしまうことだってありうる。

「それにしてもゆき殿の力は本当に素晴らしい。あなたがそばにいてくれれば、きっと大勢の者を救える」
「老師、そのことなのですが……」
「シーモア!」

そうだ。ちゃんと返事をしなければ。
そう思って向き直った瞬間、ティーダの叫び声が響いた。
ティーダの後に続いて、次々と皆が部屋に飛び込んでくる。
その表情は一様に険しい。
何かあったのだろうか。

「お静かに。ユウナ殿が祈り子と対面中です」

シーモア老師が一行を見すえたその時、重い音を響かせて扉が開いた。
消耗した様子のユウナが、睨みあうガードと老師を見て驚いている。

「ユウナ! ジスカルのスフィア見たぞ!」

異界の入り口にジスカルが現れた時のことを思い出す。
死んでもなお留まり続ける程の思い。

「……殺したな」
「それが何か」

驚いて、息をのむ。
シーモアが先代の族長を、自分の父親を殺したというのか。

「もしや、ユウナ殿もすでにご存じでしたか」

ユウナとともに一行のもとへ戻ると、シーモアがそう声をかけてきた。
ユウナが言葉につまり、うつむく。
それを肯定ととらえたシーモアがさらに問いかけてくる。

「ならば、なぜ私のもとへ」
「……私はあなたをとめにきました」
「なるほど。あなたは私を裁きに来たのか」

先程までとはうってかわって、ふりむいたシーモアの目は冷たかった。
シーモアにのばされた手を拒むように、ユウナが後ずさる。

「ゆき殿。あなたはどうしますか」

優しさの下に隠された、本来の顔。
幼少期の話を聞いたからだろうか。
冷たく口の端をつりあげる姿は、どこかさみしげにも見えた。

「あなたと行くことは……できません」
「残念です」

ティーダとアーロンが前に進み出て、彼らの背に隠されるような形になる。
ユウナとゆきを守るように立ちはだかる様子を見て、シーモアは不敵な笑みをうかべた。

「誇り高きガードの魂。見事なものです。よろしい。ならばその命、捨てていただこう」
「ガードは私の大切な同志です……その人達に死ねと言うのなら、私もあなたと戦います」

シーモアを見すえるユウナの瞳には、強い光が宿っていた。

シーモアがアニマを召喚した。
間近で見ると、そのまがまがしさに改めて圧倒されそうになる。
ルカで見たアニマの攻撃力の高さを思い出す。
戦うしかない状況を苦々しく思いながら、ゆきは息を整えた。

「堅固たる護り手の調べ……」

ゆきが歌うと、仲間達の体を光が包み込んだ。
これでしばらくはダメージを回避できるはず。
アニマの攻撃が無効化されるのを見て、シーモアは少し驚いた後、笑った。
愉快でたまらない。
そう言いたげな表情に、ぞくりと背筋が冷える。
先程まで穏やかに笑っていたのが嘘のようだ。
シーモアの心に広がる闇を見た気がした。

彼の魔力はすさまじいものだった。
苦戦の末、アニマが力尽きて消えていく。
目が合った。
そう思った瞬間、シーモアが炎の魔法で仕掛けてきた。
とっさに炎をくりだし、相殺する。

「……っ!」
「ゆき、ナイス!」

リュックの元気な声が響く。
爆風にあおられたが、皆無事のようだ。
確実にダメージは与えている。
このままの勢いでたたみかけないと、攻撃をためらったらやられる。

「アーロン!」

アーロンがシーモアのそばから飛びのいた瞬間、ゆきの放った水流がシーモアの自由を奪う。
その隙にティーダが全力の一撃を叩きこんだ。

苦しそうに膝をついたシーモアに、ユウナが駆け寄る。

「今さら……私をあわれむのですか」

悲しげなつぶやきとともに、シーモアは崩れ落ちた。




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