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ユウナの心が決まった。
ならば返事は早いうちにと、一行はシーモアの屋敷へ向かう。
「ねえ、ゆきはなんて返事するの?」
リュックがぴょこりと後ろからのぞきこんできた。
妹がいたら、こんなかんじなのかな。
ユウナの可愛らしさとはまた違う、無邪気なリュックの様子に目を細める。
「断るよ」
「いいのか? シーモア老師のところなら安全だろうし、情報も集まりそうだぞ」
「そうかもしれないけど……今はもう少し自分の目でスピラを見て、帰る方法を探したいんだ」
「それがいいッスよ」
ティーダが安心したような顔で同意してくれた。
ワッカの言う通り、シーモア老師のそばにいれば情報は集まりやすいだろう。
だが、彼が信頼に足るという確信もない今、易々と自分の状況を明かす気にはなれない。
なによりここは、預言のない世界。
自分で見て考えて、先を決めたかった。
ちらりとアーロンを盗み見る。
先程の様子は見間違いだったのだろうかと思うくらい、アーロンの様子はいつも通りだ。
顔色もよく、どこか痛がったり苦しがる様子もない。
あとで一応、回復の譜術をかけてあげようか。
そう考えているうちに、シーモア老師の屋敷に辿り着く。
ユウナは皆をふりかえり、微笑んでみせた。
「シーモア様に会ってきますね。行こう、ゆき」
「ユウナ。ジスカルのことはグアドの問題だ。お前が気にすることはない」
アーロンの言葉には答えず、ユウナが歩き出す。
その後を追うように、ゆきも屋敷に足を踏み入れた。
「老師は不在、か。……緊張して損しちゃったね」
「そうだね……」
使用人へ声をかけると、シーモアはすでに屋敷を出た後だという。
行き先はマカラーニャ寺院。
寺院へ行くまでの間に、魔物の多い場所をいくつも通る。
足りないアイテムを買い足して、支度を整えてから出発したほうがよさそうだ。
「……ユウナ?」
屋敷には、歴代の族長の絵画が飾られている。
ユウナはその中の一枚の絵の前に立っていた。
「私にできること、あるかな……」
絵画に向かって礼をしたユウナは、どこか思いつめたような表情をしていた。
寺院までの道中、シーモアとユウナが結婚するという話が広まっていることを知った。
まずは外堀から、ということなのだろうか。
強引なグアド族のやり方は、なんだかいい気がしなかった。
「っ!」
突然、目もくらみそうな閃光。
「きゃあああ!」
「うぐっ」
激しい雷鳴とともにリュックが飛びついてきた。
首がしまって、思わずうめき声をあげる。
さっきから近くに雷が落ちる度にこんな調子だ。
小さい頃にサンダーをくらって以来、雷が嫌いになったらしい。
恐怖が限界に達したリュックは、とうとう不気味な笑い声を発し始めた。
それでもユウナと一緒に行くという決意は変わらないようだった。
「もうちょっとで雷平原をぬけるから。がんばれ」
「うう……」
手をつないだら、ちょっとは気休めになるかな。
そう思ってリュックの手をとると、ぎゅうぎゅうと腕にしがみつかれた。
「皆。聞いてほしいことがあるの」
雷平原をぬける直前、ユウナはそう切り出した。
かたい表情のユウナを見て、一行は避雷塔で話を聞くことにする。
「私、結婚する。スピラのために、エボンのために……そうするのが一番いいと思いました」
ユウナの言葉を聞いた皆がため息をつく。
ああ、やっぱり。
皆、そんな顔をしていた。
ティーダは明らかに落ち込んでいる。
「もしかしてジスカル様のことが関係しているの?」
「あ、あのスフィア!」
「見せろ」
「……できません」
アーロンの言うことに従順なユウナが、珍しく拒否を示した。
これは個人的な問題。旅は続ける。
そう言ったユウナに、皆はそれ以上何も言えないようだった。
「旅を続けるならいい」
「旅さえしてれば、あとはどうでもいいのかよ」
背を向けたアーロンに、ティーダが感情をあらわにする。
「シンと戦う覚悟さえ捨てなければ、何をしようと召喚士の自由だ。それは召喚士の権利だ。覚悟と引きかえのな」
「でも、なんか……うう」
ティーダはうまく言葉が出ず、そのまま黙り込んでしまった。
マカラーニャ寺院でユウナがシーモアと話し、その結果で今後の旅の方針を考える。
すっきりとはしなかったが、話はまとまった。
皆が再び歩き出す中、ティーダだけがうつむいたまま、立ち尽くしている。
その表情は、迷子になった子どものようだった。
「俺、わかんねぇよ……」
ティーダとユウナが、互いを想いあっているのは明白だ。
そんな気持ちを押し殺してまで、ユウナがやろうとしていること。
覚悟と権利。
召喚士としては、立派な決断なのかもしれない。
「そうだね……でもさ」
隣に立つティーダを見上げた。
ひょろりと背の高い、年下の青年。
落ち込んで丸くなっている肩を軽く叩く。
「ティーダがいないと、ユウナはきっとがんばれないよ」
「ゆき……」
「行こう、ティーダ」
こくりと頷いたティーダと一緒に歩き出す。
ティーダなら、ユウナの本音をすくいあげてくれる。
そんな気がした。
「ありがとね、ゆき! もう大丈夫だぁ!」
マカラーニャの森に入ると、リュックはたちまち元気になった。
勢いよく走り出した背中を見つめ、やれやれ、と苦笑する。
ぎゅうぎゅうしがみつかれていた腕は、少し痺れていた。
「ユウナのことが気になるか」
ふりかえれば、アーロンがティーダに話しかけていた。
ユウナは、結婚を取引材料にシーモアと何かを話し合うつもりだ。
皆を巻き込まないように、一人で解決したい。
ユウナのその思いはひしひしと伝わってくる。
「一人で大丈夫かな」
ティーダのつぶやきを聞いたアーロンが笑った。
表情も声色も、シーモアに向けたものとまるで違う。
その穏やかさはまるで、父親のようだった。
「望み薄だな。シーモアのほうが役者が上だ」
「話してくれるだけでいいのにさ」
「それができん娘なのだ。生真面目で思い込みが激しく、甘え下手だ」
「よく見てんなあ」
「いつかガードの出番が来る。……その時はお前が支えてやれ」
アーロンの言葉に頷くと、ティーダは元気よくかけだした。
今までもこうやってティーダを諭し、導いてきたのだろう。
ティーダの扱いのうまさに、思わず笑ってしまう。
「おい。何を笑っている」
かつて一緒に旅した仲間が残した、子ども達。
ティーダに至っては、10年もそばで成長を見守ってきたのだ。
もはや自分の子ども同然なのだろう。
「可愛い子ども達の成長はあっという間だね」
「……手のかかる者が多くてかなわん」
こちらを見る隻眼が優しくて、どきりとした。
通りすぎざまに、アーロンが私の頭をぽんと撫でていく。
それはいかにも子どもにするような仕草だった。
「……」
そういえば私も、アーロンに助けてもらったことはたくさんある。
もしや。
「……ねえ。それ、もしかして私も含まれてる?」
「ほう。自覚はあるようだな」
「もう!」
むくれてみせると、アーロンは珍しく声をあげて笑った。
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