「いや、あの……ご心配をおかけしました」

安堵、驚き、呆れ。
皆が様々な感情をのせて見つめてくるものだから、つい視線をそらしてしまう。

譜歌を歌った後、ゆきは力を使いすぎて倒れ、気付けばジョゼ寺院のベッドの上だった。
ついつい広範囲に発動させたのがまずかったのだろう。
起き上がったものの、まだ頭がふらふらしていて体に力が入らない。

「えっと、ここまではどうやって……」
「キマリがゆきを運んだ」
「うわああ、ごめんね、キマリ。重かったよね」
「ゆきの歌を聞いたら疲れが癒えた。恩は返すもの。礼には及ばない。それにゆきは軽かった」
「何はともあれ、無事でよかったわ」
「無茶すんなよなー」
「ありがとう……」

皆が口々に優しい言葉をかけてくれて、不甲斐なさにうつむく。
ゆきが眠っている間に、一行はジョゼ寺院の祈り子に会ってきたのだという。
ユウナは少し疲れているようだったが、やりきった顔をしていた。
今から出発しても、途中で野宿することになる。
一行はそのまま寺院で一夜を明かすこととなった。



寺院の朝は早い。
僧達が動き出す気配でゆきは目を覚ました。
十分に睡眠をとったからか、昨日のような怠さもない。
同室のユウナやルールーを起こさないよう、ゆきはそっとベッドを抜け出した。

寺院を発つ前にと書庫をのぞき、僧に話を聞いたが、オールドラントに帰る手がかりはなかった。
外に出て、大きくのびをする。
朝の澄んだ空気を胸いっぱいすいこむと、少し気分が晴れた気がした。
のぼったばかりの朝日はまぶしくて、空は青く晴れ渡っている。
穏やかな朝。
こうしていると昨日の惨状が嘘のように思える。

「起きていたのか」

ふりかえると、アーロンが立っていた。
朝には強いほうなのだろうか。
身なりはすでに整えられている。

「アーロンこそ。……昨日は迷惑かけてごめんね」
「まったくだ。無茶をしてくれる」
「うう、ごめんってば」

ゆきががっくりうなだれると、ふっと笑う気配がした。
アーロンの口調はそっけなかったが、声はどこか優しい。
どうやら怒ってはいないようだ。

「あんな隠し玉を持っていたとはな」
「あはは。……もう少し早く目が覚めてたら、もっと沢山の人の命を助けられたかな」
「……」
「あの、もしかしてゆきさんですか?」

アーロンが何か言いかけたところで、寺院から出てきた女性が声をかけてきた。
彼女は昨日のミヘン・セッションに参加していたのだという。
あなたの不思議な歌のおかげで、こんなに早く回復した。
彼女はそう言い、何度も頭をさげてから去っていった。

「……海岸からここへ来る途中も、お前に礼を言いたいという者が大勢いた」

ゆきが女性の背中を見送っていると、アーロンが静かに言った。

「先のことを考えて途方にくれていたら歌が聞こえ、傷が癒えて。生きようと思えた、と」
「……」
「お前はあの時できることをした」

アーロンの言葉に目をとじる。
ちょっと泣きそうになったのは、きっと気のせいだ。

「ねえ、アーロン」

感傷をふりきるように勢いよく顔をあげる。

「私、もう少し皆と一緒に行きたい」

ゆきの言葉を聞いたアーロンに、特に驚いた様子はなかった。
まるでそう言うのを最初からわかっていたかのようだ。

「行き先が一緒というのもあるけど、私にできること、あるかもしれないし」
「無茶はするなよ。また倒れられても困る」
「もうしないよ。……多分」
「おい」

小さな声で呟いた言葉を、アーロンは聞き逃さなかった。
小突かれると、ゆきは照れくさそうに笑った。

しばらくすると、他の仲間がぞろぞろと起きてきた。
やはり疲れていたのだろう。
寝坊したユウナは慌てて飛び出してきて、皆に必死に頭をさげた。
焦ったその姿が可愛くて、皆でからかって笑いあった。
途中で再会したルチル達は、騎兵隊の再建を目指すのだという。

シンの残した爪痕は大きい。
それでも、前を向くしかないんだ。
どこの世界にも夜明けはやってくる。
そう信じて。




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