T(姫君の玉の輿)

「あのメイドはまだ見付かっていないみたいだね」
「申し訳ありません。もしや既に屋敷にいるのやも」
「だろう。一網打尽に出来るならそれに越した事はない」

 カインと側近が乗車した馬車を取り囲む、十にも満たぬ歩兵と数人の騎馬隊。勿論それらを率いるのは騎士隊長である。
 王族が単身外出するには些か手薄な気もするが、争いをする訳ではない。ただ男爵の屋敷へと向かう、小旅行のようなもの。

 舗装された道は長く続かず、すぐに砂利道へと変わる。時折大きく上下する車内は至って静かであった。
 証拠として差し出された男爵からの手紙はカインが保持したまま、その中身を知らぬは側近と騎士隊長のみ。あの笑顔は一体どういう感情の現れか、甚だ不思議である。
 揺られて一時間は経過した。地図によれば、目的地までは後二割。側面の窓より景色を見ると、夕焼けに染まる屋敷の屋根部分が映る。一行は順調に、彼女に近付いていた。

「あれが、かの男爵の屋敷のようですね」

 流石に公爵家ほど立派ではないが、身分を考えるとあれが平均的な大きさだろう。それ以上の感心は沸かなかった。

「もうすぐですよ」
「解った」

 護身用の拳銃をコートの裏側に、細身の長剣を腰に提げ、それなりの武装で男爵邸に乗り込む。馬車を降りると、真っ直ぐ屋敷を射抜いた。
 その周囲には、カイン達以外人気はない。一見すると好都合ではあるが、射程距離に入った途端に内部から攻撃がある、という話も聞くので、慎重に動かねばならない。
 まず一人の隊員が玄関に近付く。何もない。扉に手をかける。そして開く。――何もない。どころか。

「誰もいない……ようです」

 隊員の報告に、怪訝な顔付きで騎士隊長も確認する。その通り、屋敷には穏やかな明かりが灯るだけで、生物の存在が疑わしいほど密やかであった。明かりもご丁寧に全てが光っており、これが自然的に灯る筈はない。
 だが此処は本当に男爵邸か。幾ら爵位が低いとはいえ、最低限の使用人がいてもおかしくはないのだが。

「とにかく進もう。歓迎は必要ない。勝手に入っても文句は言えないさ」

 焦れったいとばかりに騎士隊長等の先を行くカイン。側近等が追いかけるようにして後続する。見張りに二人残し、屋敷の扉は閉まった。
 入ってすぐ、中央の階段を登る。人を閉じ込めるとすれば、入り口から遠く且つ逃げ場の少ない上階の端の部屋がベストだろう。消去法で、一階は素通りが決定した。

「左右二手に別れよう。いなければ反対側だろうし」

 騎士隊長より目立ってカインが指揮する。自分の大事な人は自分の手で直接助けたいという心情は個人としては解るが、彼は王子である。公的な立場は非公式においても優先されるべきもの。

「殿下、お気持ちは解りますが此処は騎士隊長を立てて下さい」

 側近が小声で忠告する。少なくとも今は他人の役目まで無理に奪う必要はない。
 彼の行動に内面の焦りが滲み出ているようで、側近は気が気ではなかった。こんな程度でこの調子では、将来大事が起きた時に困るのはそれを支える家臣である。公爵令嬢はその点の気位は安定しており、見ていて不安はないが――

「……解った。済まない隊長」

 はっと気付いたように、カインは素直に詫びを入れる。知らず先走っていた自分に普段の余裕を感じられず、それが行き過ぎた行為を生み出していた事に驚く。
 焦るなと理性がどれだけ命じても、感情がそれを弾かんとする。嗚呼、意外に脆い性質があったんだと情けなくなった。

「別れる必要は御座いませんよ殿下。こちらから、人の気配がします」

 気にせず話を進めてくれる騎士隊長の度量に感謝し、彼が指し示す方向を辿る。どうなさいますか、という隊長の仰ぎに、カインは頷いた。

「じゃあ、こっちに進もう」
「御意」

 最前列に騎士隊長、その後方にはカイン、側近、隊員達と続き、呼吸を潜めて気配に近付く。しかし、人の存在を如実に示すもの――音や声が聴こえない。
 向こうもこちらの存在を察知し、備えているのだろうか。体に力が入る。いよいよ犯人との対峙だ。

 隊長が扉を開く。が、その部屋は真っ暗であった。明かりどころか窓もない、ただの密閉空間。続いて見回すと、右側の壁にのみ、不自然に木製の扉が収まっている。
 露骨な怪しさを放つそれに近付き、まずは様子を見る隊長。その向こうには確かに人がいる。それもたった数人。その内の一人は間違いなく攫われたエリゼだろう。
 目線だけを背後のカインに配る。それを受けて、彼が首肯する。合図となって、隊長が柄を握り扉をぶち破った。



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