第弌話:第弌頁

 とある小さな町の近く、こぢんまりとした森が違和感なく隣り合わせにある。その森の入り口とも言うべき場所に、ひっそりと暮らす少女の家があった。
 名はクルス。天涯孤独でありながら、その辛さを感じさせない少女である。

「さて、木苺摘みにでもいこうかな」

 家の掃除を一通り終えたクルスは額に滲む汗を拭いながらジャムの材料にと、お気に入りの竹籠を足早に手に取り駆け足で飛び出した。
 扉を開けると爽やかな蒼風が吹き、クルスの髪や肌を撫でる。
 この森は言ってしまえば自分の庭のようなもの。毎日風の音を聴き毎日この土を踏んでいる為、身体もこの森に馴染んでいる。

「お、はっけーん!」

 鼻歌を歌いながら軽やかに歩いていると、お目当ての木苺の群集が見えた。颯爽と駆け寄り、食べ頃のものを吟味する。赤々となる実を、時折摘み食いもしながら手頃なものを籠に入れていく。

「うーん、どれも美味しそう」

 誰も居ないのを良い事に、憚る事なく独り言を漏らす。

「……あれ?」

 呑気にあちこちと回っていると、見慣れぬ変化に気がついた。すぐさま木々を回り込み、その異変にそっと近付いていく。木苺の群集の少し奥手にある大木の根元、そこに何かがあった。

「えー、と……」

 否、何かがあったと言うよりは倒れていた。クルスは一人立ち止まり、恐々と見つめる。

「何、これ」

 質問めいた事を口にしても返事はない。突っ立っていても埒があかない為、そろそろと近寄っていく。
 倒れていた何かをよくよく見ると、人間、しかも少年の顔立ちをしており。うつ伏せになっていた上、枯れ葉に半分埋もれていたので、今の今まで気付かなかった。
 木苺が沢山積まれた竹籠をとりあえず足元に置き、少年に被さっている枯れ葉を払いつつ座り込む。

「家に連れて行って、良いのかな……」

 まさかこのまま放っておく訳にはいかないだろう。それは自身の良心が許さない。かといって、見知らぬ人を勝手に家に連れ込んで良いものか。悩みに悩み、結局家に連れて行く事を決めた。
 乱暴に扱う訳にはいかないので、そっと体を起こし背中に持っていく。重さに足がふらつくが持ちこたえ、片手を籠に伸ばした。
 予想以上の重量感に愚痴を零しそうになるが、自分に頑張れと意気込んで一歩一歩進んでいく。家のある方向を見据え、決意を新たに。

「頑張れクルス、木苺のジャムが待ってるぞー!」

 まだジャムの形も出来ていないのに、意気揚々と叫ぶ声が響いた。

*************

 家に戻ると真っ先に少年を自室のベッドに寝かせる。呻き声一つ洩らさぬ彼を一瞥すると、急いでキッチンへ向かいジャム作りに取り掛かる。少年は体調不良という訳では無さそうなので、あのまま寝かせておけば大丈夫だろう。

「さーて、早速作ろっと」

 鍋をコンロに置き、新鮮な木苺を井戸水で洗う。鼻歌を歌いながら楽しそうにキッチンを動き回る後ろ姿は、踊るよう。

「あの子もこれ、好きかなー」

 私の作るジャムは評判らしいからなーと、嬉しそうに独り言を言いながら鍋に火をかけた。

 一方クルスの部屋では、安らかに眠り込んでいた少年がうっすらと目を覚まし始めていた。苦しげに呻き、体を回転させる。まだ自分の置かれた状況に気付いてはいないようだ。
 悪夢でも見ているのだろうか、それともうつ伏せに倒れていた森だと思っているのだろうか。苦しさに耐えかね、両目をめい一杯開きその勢いで体を起こすと、冷や汗をかき、息を切らし、高い心音を押さえて呼吸を整えようと努める。精神が落ち着いた事を確認すると、今度は身の回りの景色を見渡す為に目を凝らす。
 少年は絶句した。記憶では森らしき所に落ちた筈なのだが、もしや何らかの手違いで人家に落ちたのか。しかも周りに置かれている小物を見る限り、此処は女性の部屋のようだ。

「……っわぁぁっ」

 いきなり人家に落るという傍迷惑な事をしたかも知れないと思うと、叫ばずにはいられなかった。扉が突然開き、家の主であるクルスが驚いて入ってくる。

「どっ、どうしたの!」
「わぁぁっ」
「ちょっ、どうして私を見て叫ぶの?」

 先程この部屋の主が誰かと思い至った考えが当たり、少年はまたも大口を開けて声を轟かす。見てはいけないものを見たような彼の形相にまた驚き、クルスは困惑したように応えた。


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