Magic.04:Page.02
胃がむかむかする。こんこんと湧き出る怒りは母国に着いても収まりを見せない。
彼女は何も答えなかった。何も。ただ驚愕の色で「どうして」と零しただけだ。
「訊きたいのはこっちだっつの」
懐かしき我が家の庭園に乱雑に降りると、その場の、正確にはその場にいた人々の雰囲気が変わった。皆が突然の王子の来訪に目を向ける。それらを一心に背負い、彼は何事もなく王宮へと進む。
その頃、王との謁見を終えた少女が読み慣れた気配に溜息を一つ。
「全く……来るなら来るで事前連絡を……」
幼さにそぐわぬ呆れに「大人びている」と褒める大人は周囲に居ない。
まさか王子が此処に戻ってくるとは、流石のお目付け役も思い至らず。早々に下界へ戻る予定は微塵になった。
ともかく彼の元へ行かねば。そして小言を浴びせてやる。従者らしからぬ文句を吐いて、ピッチは庭園へと飛んだ。
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昼になっても彼等は戻らなかった。折角の三人分の昼食がほぼ無駄になった事にがっかりするでもなく、いさなは一人静々と箸を動かす。
食べ終えたら、裏庭にある小さな畑を見にいこう。仏殿に供えた花はそろそろ換え時だ。新たに見繕わなければ。
「それにしても、向こうでゆっくりしてるのかな」
ぽつりと話しても、返る声はない。嗚呼、そうだ。今は一人なのだ、と今更のように思い出し、もしや自分は寂しいのだろうかと考え至ると、急に心細さを感じた。先ほどまでこの後の予定など思案していた心に靄がかかる。暗雲とも言うべきか。
一度広がったものは、すぐに縮まる事はない。それを証明するように、彼女の思考は傾き始める。
『言いたくないのか、言えない事なのか』
嗚呼、彼がまた、責め立てる。己の中の彼が、だんまりを続ける本心に切り込もうとする。
言った所で何になるって言うの。ふと何処かが反論して、渦のようにとぐろを巻く。
誰かに話したって、それは結局誰かの迷惑だ。解決などしない。何かが変わる訳じゃない。心底から解って貰えるものじゃない。最初から黙っていた方が良いのだ。慰みなど要らない、それを求めてしまえば――
そこまで思考が進むと、その一面に誰でもない自分が一番衝撃を受けた。何時の間にか食事の腕は止まっていて、心のとぐろに取り込まれていたのだと気付く。背筋が冷水を浴びた如くひやりと揺れた。額がうっすらと汗ばんでいた。
食事を手早く終え、残りを冷蔵庫にしまう。さっと皿洗いを済ませ、何も考えず自室へ一目散に飛び込んだ。
ベッドに伏せると、全てを黒く塗り潰す思考に身体が染まる感覚を味わう。
大丈夫、私は大丈夫。あの事は決して誰にも漏らさない。例え親友の明ちゃんにも。気にかけられる事のないように、何にもないよって振りをして。
それが一番最善で当然なんだと信じて。
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「何だよ。まだいたのか」
「すみませんねぇ。貴方が唐突にこちらに来なければ今頃あちらに戻っていましたよ」
大人顔負けの応酬に、対するサリアよりも周囲が戦々恐々としていた。ああも無邪気な笑顔で王子を前に嫌味を言えるとは、只者ではない。悔しげにしているサリアの方が寧ろ子供に見えてしまう。
「それより、何故こちらに?」
「別に。お前に関係ないだろ」
「個人としては関係なくとも、従者としては大有りです。話して頂きましょうか」
口の回るお目付け役に、王子は反論の術なく不機嫌になった。時折ピッチの年齢を忘れてしまうのも無理はないだろう。本当に、歳不相応で良く出来た従者である。且つ出来過ぎている気もする。
「暫くこっちにいるからな。先に帰れよ」
「そうですか。では私も残らざるを得ませんね」
職務放棄をするつもりはありませんよ。そこまで宣う従者に、主人である筈のサリアは天を仰いだ。口では勝てない事に、新たな怒りを抱きつつ。