Magic.04:Page.01

「ふぁ……朝か……」

 何時も昼過ぎまでぴくりともしないサリアが珍しく午前中に目を覚ました。尤も、既に他の二人――いさなとピッチは活動しているのだが。
 寝間着のまま寝ぼけ眼をなるたけ働かせ、居間へ向かう。ドアを開けると、ふわりと味噌の香りが到達し、瞬間的に今日は何が具として入っているのか想像した。
 そうして香りが漂っただけで脳が目覚めたのか、いさなに聞きたかった事があるのを思い出して挨拶ついでに振ろうとしたが。

「王子。珍しいですね、休日なのに」

 何を言われるのかと思えば、相変わらずの皮肉。しかし此処で冷静にならず即言葉を返すのがサリアの悪い所だと、ピッチだけではなく他の家臣も密かに思っている事だった。

「何だその言い種!」

 案の定、売ったつもりのない喧嘩にあっさりと乗った上いさなに言わんとしていた事までまた吹っ飛んで。

「それだけ元気なら良かったじゃないですか」

 後が面倒だと軽くあしらう言葉にサリアは更に怒りを募らせたが、“朝食”というワードに腹が正直に反応した為、何も言えず。食卓に喜び勇んで向かったサリアは、並べられた食器の数が少ない事に驚いた。

「では、私はスカイワードへ報告に行きます。余りはしゃがないで下さいね、王子」

 このマセガキめ! と毒づいても既に姿はない。逃げ足の速い奴だ。腰を落ち着けてご飯をかきこみながら、改めていさなを見る。何時も通り。
 だが訊かねばならぬ。先日の事を。墓前で蹲り、何を為そうとしていたか。自分を避けようと逃げた理由。気になるもの全てを問い質す。再度そう決意して、サリアは力強く立ち上がった。

*************

 そんなつもりはなかったが、自分でも怒りを感じる声だった。別に彼女を責める訳ではない。

「どう、したの?」

 何気なく見上げる瞳には若干の怯えが読み取れた。もう構わない。詰問と取られるなら、それはそれで。

「お前、この間あそこで何をしていた?」
「え……」

 目が揺らいだ。何を指したかは解ったらしい。ならば後は答えを聞くだけと、こちらも視線を強める。

「……どうして」

 どうしてそんな事を訊くの。声は形にならない。答えたくない。思い出したくない。私は、私は何も――

「答えられないのか」

 露骨に視線を逸らし言い淀むいさな。その態度に苛立ちを覚えたサリアが棘を増して問い質す。
 ただただ怖い。彼の目がこちらを射抜こうとする、それが怖い。身体を縮こませると、自然と身体が震えた。この素振りで、察してくれたら。そしたら。

「……答えたくないんだな。答えられない事なんだな」

 どす黒い雲のような恐ろしさを抱いた言葉。恐ろしくて、今更顔をあげられない。ひたすら黙る。その意志を伝えるべく、硬く口を閉じる。お願い、解って。

「……もう良い」

 ともすれば聞き逃しそうな小ささだった。サリアが何か呟いたらしい事に慌てて目を遣るけれども、何もなかった。

「サ、リア……?」

 消えた。感じていた気配ごと。何と言ったのか尋ねようとしたいさなの両眼には、今にも零れそうな涙があった。拭うのも忘れ、呆然と彼のいた場所を見つめる。呼び掛けてみたが、当然ながら返答はなかった。
 どうしたのだろう。突然、彼らしくないか細い声が降ったと思ったらもう姿はない。最後に何を言ったのだろう。

「これで……良かった、よね……」

 もしかしたら彼を傷付けてしまったのかもしれない。それでも、己の意志――知られたくないという――を無理にでも貫けた事の方が、いさなにとっては安堵だった。
 それで良い。彼等に話す必要などないのだ。あの夢の事だって、誰かに知られる必要など、ないのだから。
 彼に対する沸き起こった罪悪感を払拭しようと、いさなは自分を納得させて昼食の準備に取り掛かった。


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