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スカイワード・フレヴェイト城。早朝、日が完全に出ていないというのに珍しく活動を始めているこの国の王子の姿があった。と言っても目覚めたのはほんの数秒前。
開けきらない目をそのままにし、はっきりしない頭を不安定に揺らしながら広げた手を支えに起き上がる。
縦に長い壁に、縦に長い大窓から漏れる太陽光が体に当たり、眩しいと恨みながらもそれを利用して目をこじ開けようとする。そうして、こんな時間に起きている奴がいるだろうかと思考を無理に働かせてみた。
思えば使用人や衛兵達は、何時もこの位の時間から活動しているのではないだろうか。小さい時に直接誰かに聞いた事があるのを思い出し、少々面倒だとは思いながらも使用人達の集まる宮へ行こうかと考える。
ベッドから足を下ろすと頭を乱暴に掻きながら隠す事なく欠伸をし、ばらつきのある歩幅で部屋を出る。扉の開閉音が、何故か寂しげに聞こえた。
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王族に仕える使用人や、王族の補佐をする役人(宰相・侍従長など)が部屋を与えられ暮らしている建物を小宮と言う。小宮と王族の私室空間である宮殿は渡り廊下で繋がっており、常日頃使用人達が王族の部屋に向かう為に役立っている。
逆に王族が通る事は珍しいと言われる程数少なく、今まさにサリアの行っている行動はそれに当てはまる。
普段こちら側からは開く事のない、唯一二つの宮を結ぶ廊下に連なる扉を開けると、早朝の冷たい風がサリアを迎えた。思わず身震いし、そそくさと廊下を渡りきる。とにかく向こうに着けば必ず誰かと会う事は確実だ。
「ああ、腹も減ってきたな」
入る直前の意図せず空腹を知らせる音。そう言えば昨日、夕餉を食べたろうか。記憶がない。何しろ眠気が酷かった。
これは一刻も早く人を見つけて朝餉の用意をさせねばならない。それから少し休憩して下界に戻ろうか。
「よし、そうと決まれば誰か叩き起こしてやろう」
傍迷惑な思い付きを迷わず決定し、小宮へと足を踏み入れた。扉を閉めると外より若干暖かい空気が体に触れる。神経が少し緩み、尚且つ再度腹の虫が鳴った。
辿り着いた階を隈なく見回すが音はなく、誰一人として気配はなかった。かと言って全ての階をわざわざ探しに行くのも癪だ。
今度は耳を済ましてみる。階下や階上から足音が聞こえるかもしれない。聞こえたら次はその誰かに、こちらの居場所が分かる筈だ。神経を砥ぎ澄まし、魔力の気配を待ち望む。どこからでもいい、とにかくこちらに気付いてくれれば。そうして静かに瞳を閉じて扉に凭れていると。
「あ、王子」
感じ慣れた気配が突然現れ、気だるげに顔を上げると、見飽きた声と目がこちらを捉えていた。
――何だ、ピッチかよ。眠たげな瞳に呆けた口のまま、サリアは心中でそう突っ込んだ。
「今“何だピッチかよ”って思いましたね」
お目付役が鋭い勘をひけらかす。全く、面倒な奴だ。
「朝食をくれ。そんで向こうに戻る」
端的に言うが、反応がない。代わりに離れていく靴音が聞こえる。
「まさかその為に貴方は待っていたんですか? 珍しいこともあるものですね」
年下とは到底思えない背筋の張った背中に毒づきながら、サリアは彼女についていった。