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その頃ピッチは、一族の長にエニーチェのした事とその処遇を言い渡すため屋敷へと向かっていた。
傍系王族は二家あり、エニーチェの属するラークシュ家、もう一つにはアンデラス家が存在。一般には、名前として名乗る時はラークまたはアンと略される事が殆どである。
城からこれらの屋敷はそう遠くなく、城の正門から見て右手にあるのがラーク家、左手にあるのがアン家だ。
整備されている道ではなく、砂利道を通る。ここ数日雨が続いていたのだろうか、砂地はまだ湿り気を残していた。足元の小さな事を気に掛けながら歩いていると、煉瓦で舗装された道が現れる。程なく辿り着く合図だ。
ピッチは視線を上げ、近づく屋敷を見据えた。見た目も広さも王宮には劣るが、それでも立派な館だ。
先頭を行くピッチが門に近づくと、繊細な飾りのついた華奢な門が人の存在をを察知し、独りでに開く。入る事を許されると颯爽と進む。最後に衛兵たちが通り終わると、門はまた何も言わずに閉じられた。
石が埋められた道が、この通りに進めと言わんばかりに続く。逆らわず示されるまま行くと、今度は入口に続く階段が映る。そこで初めて、この屋敷の誰かが深々と彼等を出迎えた。
「――ようこそ足をお運び下さいました、ピッチ殿。御用は既に伺っております。さぁ、どうぞ」
「有難う御座います、執事殿」
ピッチが会釈をして対応すると、執事が扉を開き誘う。
入ると直ぐに、大広間と金色に輝くシャンデリアが一行を出迎えた。右端に客間が見え、今度は執事を先頭としてそこに向かう。壁の柄が大広間より豪華になり、天井には小さなシャンデリア。中央には脚の模様が美しいガラスの机と、周りを囲むように置かれている革の椅子。窓側にピッチ達は座り、反対側に座る当主、エニーチェの養父でもある人物を待つ。
やがて、部屋の奥から当主が現れ、広間の扉から執事がお茶と菓子を運んできた。当主の姿が見えると、ピッチとエニーチェは速やかに立ち上がり一礼。当主も応え座り込む。
「ようこそお越し下さいましたピッチ殿。この度は我がラーク家の者がご迷惑をおかけし、誠に申し訳ありません。処遇は必ずその通りに致しますので」
「では、それを記した御言葉書をお渡し致しますので、ご覧下さい」
懐より王の言葉を魔法で記した紙を当主に差し出す。当主は恭しくそれを受け取り、食い入るように中身を見つめた。二三度繰り返し黙読し厳かに頷く。ピッチがエニーチェの身柄を渡すと、当主は傍にいた執事に言葉書きの通りにせよと命じた。
課せられた役目から解放されると、次はあの後どこへ行ったか知れない第一王子の事が思い浮かんだ。
ちゃんと素直に下界へ戻っただろうか。いや、どうもそうとは思えない。王宮に辿り着き、今この身に感じている魔力――サリア程絶大な魔力はどこにいても目立つ――は、間違いがなければ確実だろう。
まだ此処にいる。場所は大体本宮だろうか。やはり簡単にはそうしてくれないか。一人で項垂れてみたものの、さしてこの状況が変わる訳でもない。今夜は久しぶりに穏やかな心持ちで過ごしたかったのだが。
「仕方ない……我慢するか」
王子に対して失礼だとは気付きながらも、些か気だるそうに溜息を吐いた。
向こう――下界はもう闇の中だろうか。夕暮れの中、沈みゆく太陽を見据えながら、遠い下界へ思いを馳せた。
「夕飯は何だろうな……」
伏し目がちに天を見上げてぽつりと告げられたその独り言を、紫色の空は我関せずの如くただ静かに飲み込んだ。