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――スカイワード国のほぼ中心に位置する場所。名をフレヴェイトと言う、王族とそれに仕える者たちの居住・活動の場である広大な城。
その更に中心、本殿と呼ばれる王宮の中でも目立つ外観の建物には行政諸機関や、王族の専用執務室、そして謁見の間。正面の扉より入ると真っ先に現れる豪奢なホールは、国民にも開放されている。
最上階の5階には、王族各々の執務室と仮眠室、そして一番奥手には国王の執務室と繋がっている謁見の間。
今その謁見の間には、国王と付き人二人、お目付け役のピッチに、エニーチェがいた。扉の前には更に衛兵が二人、こちら側には一人。
尋問が半ば中断気味になりかけた所で、ふいに誰かの足音が聞こえる。全員が口を閉ざし、ピッチが扉口へと近づいた。
重厚な扉が勢い良く開いたかと思えば、現れたのはピッチの思惑通り、王子。白々しく驚いた表情を彼に向けた後、国王の様子を窺いながら対応を無言で問うた。
視線を受けた王は、こちらも無言で頷き中に入れる事を許可した。それを受けて、ピッチがサリアを室内へ誘う。彼が歩き出すと扉は独りでに引きずる音を立て、空間を遮った。
緩んでいた空気が、またピンと張る。堂々と王の隣の高級な作りをした椅子に彼が深々と座ると、頭を下げていたお付きの者たちは顔を上げ、また王子に向かい一礼した。
再び、エニーチェに対する尋問が再開された。ピッチはこの場の定位置である、大理石の床に縮こまって正座をしている彼女の左後ろに立ち声をあげた。
「では引き続き、再開致しましょう」
彼女はこちらに来てからというもの、ほんの一言呟いたり首を振るだけで明確な答えを返さない。しかしサリアが現れた事で、言わなくてはならない雰囲気になるのは必至。ピッチはそう期待して、王の言葉を待った。
「エニーチェよ、今一度お前に問う。――何故こんな騒ぎを起こした?」
王の言葉と共に、王子からの厳しい視線が少女に突き刺さる。エニーチェは相変わらずだんまりを続け小さな抵抗を試みていたが、視線から伝わる何かが、身を護る為に今こそ言うべきだと、背中を押すように駆り立てていた。
言わなければ、サリアから何か仕打ちを受ける気がする。そんなものが無くとも罰を受ける事は既に分かりきっているのだが。
深呼吸をし、震えだす体を鎮める。こうなればもう破れかぶれだ。正直に言い分をぶつけてやる。決心したエニーチェは顔を勢いよく上げ、きっと前の二人を見据えるとその場に響き渡る芯の通った声で言った。
「――訳を、お話します。殿下の主人を襲ったのは、願いを見つけずに殿下達の傍にいるのが気に入らなかったからです。だから……私が勝手に行動して起こした騒ぎです」
当然の事ながら、周りの反応は険しかった。面喰らった表情の衛兵がちらと見えた。サリアはずっと真顔のまま。
――覚悟しよう。今からさて、何を言われるか――……“気にしない”と思いはしたが、やはりそこまでの勇気が出ない。
「――それは 真だな?」
王が落ち着いた声色で確認も含意して問い質す。エニーチェは落ち着き払った表情で頷き、更に付け加えた。
「あの主人には、何か諸々の訳がありそうだと察知したから、というのも理由です」
今度はサリアとピッチが一番に反応した。ピッチはそれでも平然を装っていたが、サリアは些か面倒そうだった表情が一変した。その思いがけない言葉に傾けていた体を勢いよく起こし、話を更に聞こうと身を乗り出した。
エニーチェはその行動に、彼がいさなの事を何かしら気にかけていると思い少し傷つくが、泣くまいと悲しみをこらえた。
「訳、とは何だ?」
その行動から暫くして、声が響く。返ってきた答えは、簡潔で冷たさを帯びていた。
「詳しくは知りません。ただの直感ですから」
エニーチェはなるたけ感情を抑えてそう言った。サリアは一字一句逃さず聞き入れた後、その答えに些か不満そうに、そうか、とだけ答えた。
――そりゃそうか。
今までの事を思い直し、瞬時に問い質すのを止めた。肘をつき、尊大そうな姿勢に戻る。
――何かもう、どうでも良くなってきたな。
あんなに追及しようとしていたのが、もう違う誰かがした事の様に思えてきた。
――別に知った所でどうなる訳でもない。
そう考えつつ、彼女の処遇が決まる様子を遠くから眺める如く見ていた。どうやら謹慎3ヶ月、その間魔力使用不可となったらしい。衛兵とピッチに連れられ、謁見の間を出ていく。
しかし、そんな事すらも心底何だっていい気がしてきた。ここまではっきり疲れが出るのは、もう何年振りだろうか。
――久しぶりに、部屋に帰ろう。1日位は良いだろう。
ダラダラと椅子から立ち上がり――しかしそれをしっかりしろと咎める者は今誰もいない――、謁見の間を出て本殿の向こう側、一番奥手にある宮殿に向かう。
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王族の私室は全て、敷地の奥まった場所にある宮殿に配置されている。最上階の3階には国王・王妃の私室、その下に王子・王女の私室、そしてその更に下には先代・先々代の王・妃の私室。傍系王族はというと城外の周辺に一族毎に館を王から与えられ、そこで暮らしている。
部屋の前に立ち、何ヶ月か振りに自らの手で扉を開ける。懐かしい部屋の香りが漂う。シンプルを基調としたそこは、修業が始まる前と何ら変化していない。
整えられた天蓋つきのベッドに無造作に飛び乗り倒れこむ。部屋の主が修業でここを離れた後も、使用人達は掃除やら調度品を入れ替えたりしていたのだろう。
干したての証拠でもある太陽の暖かさと香りが、均等に敷かれたシーツから漂う。その香りに誘われて視界を閉じると、それが合図となったのか眠気が大波のように襲う。なされるがまま、深く意識を追いやった。