Magic.04:Page.06
玄関では、未だぴくりとも動かない二人が対峙していた。
いさなは気迫に押されて玄関に体重を預け、エニーチェの鬼気迫る表情を緊張した面持ちで見つめていた。少女は鋭い目つきで彼女を見下ろし、足を大きく広げ黒い大鎌を構えながら、肩を上下に揺らす程激しい息遣いを繰り返していた。
沈黙は絶えず続く。いさなのか細い呼吸と、エニーチェの荒い呼吸が、小気味良く交互に響く。思考回路の殆どをストップさせたまま、ただ目の前のお互いを見つめる。どちらが先に動くだろうか。
いや、例えいさなの方がどんなに早く動いたとて、魔族であるエニーチェに対して勝機などある訳がない。今まででも、攻撃をかわした事だって奇跡だというのに。
次の一瞬、エニーチェが構えていた大鎌を遂にいさなに振り下ろした。いさなは咄嗟に力を込めて視界を真っ暗にし、来るであろう衝撃を覚悟した。そして――大鎌の切っ先が胸にほんの少しという所まで近づいた時。
「………………!」
誰かが遠くで叫ぶ声が聞こえた後、気を失った。
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――嗚呼、終わり、か……これでお祖母ちゃんに、会えるかな――
体に感じる浮遊感が、不思議と心地良い。
――あ、れ……向こうに、光が――
まるで夢のようなそれは、いさなの闇を少しだけかき消してくれた。
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一筋の風が頬に触れ、ふっと意識が目覚めると、目の前の光景に驚かずにはいられなかった。サリアがいさなを横に抱きかかえているのだ。
――え? 何で、どうしてサリアが? それに、わ、たし、消えて……ない?
表情はぽかんとしたまま、頭上にある顔を見上げる。はた、と気が付き、視線を外側に向けると、エニーチェが座り込んで、涙しそうになりながらサリアを見上げていた。左手に大鎌から戻ったのだろう魔箒を握りしめて、右手は更に力強く拳を作って。
もしか、して、サリアがエニーチェさんを――?
“消す”事をこちらも望んだ以上、素直に助けてくれたとは思いづらかった。
サリアがエニーチェに対し、尚更に睨みを利かせる。少女はとうとう顔を俯けてしまった。何か言葉をかけなくては。
「あ、あの……」
おずおずと声をかける。サリアの怒りを鎮めるべきか、エニーチェを宥めるべきか。少々迷いつつも、サリアに向ける事にした。
「そ、そんなに怒らないであげて、ね。落ち、着いて……」
静めるように、逆撫でしないように控え目に言ってみたが、鋭く睨み返されてしまいこちらが驚かされた。逆効果だ。
何か言葉をと考えるが、こういう時に限って何も良いものが出てこない。神妙な空気の中、いさなが一人おろおろと戸惑っていると。
「――どうやら収まったようですね」
サリアの背後から突然声が聞こえる。顔を出してひょっと声の方を覗くと。
「ピッチ!」
玄関の外からお目付け役が澄ました笑顔でこちらにやってくる。抱えられているいさなは、若干見下ろす形をとりながらそれを見守った。サリアは彼女に気を留めず、エニーチェも肩を震わせただけで見ようともしなかった。
「王子が先に行かれたので私は後でも構わないと思いまして。お怪我はありませんか? いさなさん」
その内にピッチが手前までやって来て無事を確認する。
「え、ま、まぁ、うん……」
戸惑い気味に答える。やはり素直には返答しづらい。ピッチがその様子を気にかけたが、それには触れずエニーチェへと向かう。
「そうですか、良かったです。――さ、では私はエニーチェ様を国に連れて国王にご報告しておきます」
台詞が放たれると、エニーチェは露骨に音を大きく立てて反応した。その様子を一瞥し、ピッチが承諾を求め改まって主に問う。
「殿下、それでこの場は一旦治める事で異論御座いませんか?」
怒りを鎮めたのか、彼は低い声で構わないとだけ答えた。彼女がその答えによく出来ましたと満足げな笑みで頷き、恭しく一礼する。
「では、お先に失礼致します」
お先に、と付けたのは、後でサリアが来る事を見越しての事。
台詞が終わると同時に、ピッチとエニーチェの姿が霧がかったように消える。家中がさらなる静けさに包まれた。
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エニーチェと対峙していた時の緊張が嘘のように、今は風の通り抜ける音すら聞こえる。そろそろこの態勢をどうにかしようとサリアをこわごわと見上げ、未だ微動だにしない彼を不気味に思いつつ声をかける。
「あ、あの、そろそろ、下ろしてくれないかな……えと、も、もう良いでしょ?」
何も聞いていないかの如く取り澄ますサリア。かと思いきや届いていたのか、乱雑にではあるが下ろしてくれた。ホッと嘆息し、身に異常がないか隈なく確認する。そしてスカートについた埃を払う。
手を洗おうと洗面所へ向かう所でサリアが未だぼうっと腕を組みながら立ち尽くしているのを見かねて、どうしたのかと声をかけるが応答はなく、その場を後にした。
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ただ突っ立っていた訳ではない。先ほどの事件について考えていた。向こうではもう尋問が始まっているだろう。途中参加でも気にすまい。そう思い立つと、即、外へと向かい、目に見えぬ速さで空を飛び立った。
いさなが戻った時には、既にもぬけの殻だった。
「…………?」
首を傾げ疑問符を浮かべてみたものの、詮索する気までは起きなかったのでそのまま居間へと歩を進める。家はまた、何時も通りの平穏を取り戻した。