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“サリアの代わりに貴方を消しに来た”
沈黙の中、いさなは生まれた動揺を隠せずにいた。何故、どうして此処に来たのかを問いかけたのに、その答えが突飛過ぎて理解するのに時間がかかった。
サリアの代わりに、私を、消しに来た? ――どういう、事?
尚更疑念が深まり、困惑が止まらない。
「貴方、本当はまだ願いを決めかねているんでしょう? それじゃサリアの修業が進まない。それに貴方、何か訳ありのようだし。だから――」
エニーチェが天井から床へ降りた。何時も手にしている長い魔箒が、同時に大きな鎌へと変化している。持ち主の意思を受けて変化するのか。
そしてーーその鎌の刃をいさなの眼前に向けて真っ直ぐ伸ばしーー告げる。
「――だから、私が邪魔にならないよう、代わりに貴方を消すわ」
いさなの顔が次第に青ざめていく様子を見つめながら、エニーチェは少女らしからぬ不敵な笑みを浮かべた。
「わ、私を消すって、そんな事、出来るんですか」
声を震わせながら、ぽつぽつと吐き出された台詞を聞いた瞬間、エニーチェはいさなを睨み据えて失笑した。
まさか此処にきてそんな愚問を抜かすだなんて――魔族を馬鹿にしているのかしら。
「何を言ってるの? 出来るからそう言ってるんじゃ「だったら私からもお願いです!」
――は? 今、何て?
勝ち誇ったかのように微笑むエニーチェの表情に、ヒビが入る。いさなの目に渋々視線を向けると、向こうは至って真剣で。
自分から“消す”と言った癖にこう言っては何だが、こいつ、本当に良いのだろうか。しかもそう言いつつ両手は力込めて震えているし。全く訳が分からない。
「……貴方、自分が何言ってるか分かってるの?」
目を細め、意思を問い質そうする。彼女はほんの刹那、躊躇いがちに口を開き、言葉にする事を止めたのか縦にはっきりと首を振る。
「このまま過去に怯え続けるよりは……それに、生きていても、誰も――」
最後に呟いた台詞は、海に沈むように小さくなり。それがエニーチェの怒りを爆発させるには十分すぎる威力を放った事を、いさなは身を持って体験する事となった。
目の前に、瞠目し口角を真っ直ぐ伸ばしたままの表情がある事を、俯いていたいさなは確認しなかったのだ。
――何よこいつ。一人だけ不幸だと言わんばかりの顔であんな事を言うなんて!
全身から湧き上がる怒りに己の支配を任せ、あまりの熱気に怯え逃げていくいさなを無言で追いかける少女。
――私だって、私だって……! なのにこいつは、我が物顔でそう言った! 許さない、ふざけるな、お前だけが“そう”なんじゃない!
気迫ある目を瞠ったままのその表情は、どこか哀しみも帯びていた。サリアの為だとか、そんな名目はとっくに消えている。
――お望み通り消してやる、お前なんか!
ずんずんと足音を立て部屋の外へ出る。そこから階段の先は、力を込めていさなに向かい飛んだ。
――あんな事を言った癖にそうやって逃げるのか。私を馬鹿にするな!
エニーチェの傍にいる今は鎌と化している魔箒は、持主の心情を表すように体積を増す。暴走しているエニーチェの魔力が、制御される事なく外界に存分に放出される。その力にあてられて、逃げ惑っているのは勿論いさなのみだ。
いさなにはエニーチェの豹変の理由が解らなかった。考える余裕などない。本能のままあちこちへ移動する。
そして、間一髪でエニーチェの攻撃をかわすと、外へ出ようと玄関扉の取っ手を掴んだ。しかし幾ら動かそうと力を入れても、頑なに動く気配がない。その瞬間、背後にただならぬ気配を感じた。
「――……っ」
思わず唾を飲み込む。冷や汗を流しながらもほんの少し思考に余裕が生まれ、どうして扉が開かないのか察知した。エニーチェが咄嗟に、逃がすまいと魔法をかけたのだ。
万事休す。これで、終わりか――。静かに瞳を閉じ、息を吐く。
エニーチェの次の一手は、もう決まっているだろう。そしてその一手で、私は終わるのだろう、と。