Magic.03:Page.07
ふ、とそこに降り立つと、先程までは感じなかった静けさが主立っていた。風が無い。墓地の入口から、そっと一歩ずつ進んでいく。いさなはまだ何も気付いていないだろう。
墓地は空から見て正方形の形をしており、真ん中と輪郭、詰まり端の部分に墓が並べられている。いさながいるのは、丁度入り口から対角線上の所の筈だ。
真っ直ぐ行って、右に曲がる。その突き当たりに、いさながいた。すこしほっとした自分がいた。そこからまた一歩ずつゆっくり歩く。
いさなは小さい体をなお膝を抱えて小さく頭を俯けていた。その目の前には、小奇麗な墓があった。
そこに、誰か眠っているのだろうか。いさなはサリアが近付いているにも関わらず、そこから微動だにしなかった。まだ気付いていないのだろうか。
次の瞬間、突然いさなの体が大きく傾いた。
「!」
サリアが慌てて駆け寄り、傾きかけたいさなの体を支える。髪が少し乱れていた。朝から此処にいるのだろう、体の冷たさが制服越しに伝わった。
いさなが今の状態に気付いたのか、酷く驚いた反応をした。そして、サリアから勢い良く離れた。まだそれ位の元気はあるのか。サリアがそう言おうとした時、いさなから先に口を開いた。
「……な、んで、此処……」
意外だ、と言いたげな目でサリアを見ていた。その目はかなり赤みを帯びており、心なしか体も震えている。
サリアが今度こそ口を開こうとすると、その前にある事に気が付いた。
顔が赤い。声が可笑しい。急に咳も出ている。目元には涙の痕もある。そして、左手首も薄っすらと赤く染まっている所があり、よく見ると、そこには切った様な傷があった。
こいつ、何をしていた……?
不審に思い、近寄っていさなの左手首を掴んだ。だが掴もうとした途端に、いさなが更に後ずさり、立ち上がって逃げた。
サリアはそのあからさまな行動に何処かカチンときて、しかし魔法は使わずに、いさなを入り口まで追い詰めていった。いさなは入り口に続く坂道に背を向け、追い詰められた表情をサリアに向け、蚊の鳴く様な声で呟く。
「来ないで……」
「俺の勝手だろ」
しかしサリアがさらりと返す。少なからずその声には怒気が含まれていた。
いさなは尚も、呟くように言う。一生懸命、傷のある左手を隠す様に庇いながら。
「何で此処に来たの……」
サリアは益々表情を険しくした。
「お前こそ此処で何やってたんだよ」
与えられた静かな問いには応答せず、逆に厳しい声で詰問する。いさなは俯いただけで、こちらも何も答えなかった。
話す見込みが無いと分かると、サリアが徐に近寄ろうと試みた。いさなは顔をあげ、即座にそこからまた逃げる様に走る。サリアがそれを見逃す筈は無く、スピードをあげて、手を伸ばし。
それでもいさなは走ろうとした。ありったけの力を込めて尚、走ろうとした。
しかし、サリアの手から離れて油断した所為か眩暈を起こし、反動で足が躓き体ごと景色が回転した。
何が起こったか分からず、叫ぶ事も出来なかった。廻る景色の中で、いさなは静かに気を失った。
坂を転げ落ちるいさなを魔法で引き止め、間一髪の所で坂の下を通った車を避けた。自然と口からは溜息が漏れた。引き止めたいさなの体をこちらに引き寄せる。両手で一旦担いだ後、左腕にいさなを乗せ、右手で体をそっと覆った。
耳の近くで、か細い吐息が聞こえている。サリアはそのままいさなの荷物も引き寄せ、そしていさなの家へと瞬間移動をした。
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家には何時も通りピッチがいたが、サリアはそれを無視し、直接いさなの部屋へと入っていった。
荷物を先に置き、次いでいさなをベッドへとそっと寝かせた。土足ではあるが、この際そこはお構いなしである。寝かせてから、魔法で靴を脱がせれば良い。
そして、自身も靴を脱ぐと、二足とも魔法で玄関へとやった。それからサリアはいさなを一瞥し、部屋を出て行った。
居間に行くと、ピッチがのんびりとお茶を飲んでいた。
「王子、いさなさんの部屋で何してたんですか」
気配でばれていた様だ。しかし、今はそれ所ではない。
「氷嚢を用意しろ」
サリアはピッチの問い掛けなど無視し、簡潔に用件を伝えた。ピッチは一瞬、その突然の命令に訝し気な顔をしたが、瞬時に意味を察知し、いそいそと冷蔵庫へと向かった。
魔法でどちらも治す事は出来るが、今回は敢えて手首の切り傷にしか使わない事にした。
一気に熱が冷めると、魔族でない者には負担になるかも知れないと考えた結果だ。ピッチから氷嚢を手渡されると、何も言わずにサリアは居間を出た。ピッチも、そんなサリアを察してか、サリアの後を付いて行く事はしなかった。
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サリアは部屋に行くまでの道中、彼女についての考えを見直していた。
放って置くと何をするか分からない。起きたらとりあえず、あそこで何をしていたのか問い質さねば。
嗚呼、これからが楽しみだ。興味が湧くと、気分が綻ぶ。