Magic.03:Page.06
朝食もそこそこに制服に着替えたいさなは、怠さの残る声でピッチにサリアを起こすよう頼み、自身は先に学校へ向かう事にした。ピッチは一瞬、意外といいたげな顔をしたが、声の嗄れている彼女を案じ快く了承した。
いさなは静かに家を出ていった。ピッチにはそれ以上の異変など感じ取る事は出来なかった。出ていった後の扉が、どことなく淋しげに見えた以外は。
それから数分後。サリアはピッチに叩き起こされ、不機嫌なまま降りてきた。寝起きにも関わらずサリアがすぐに何かに気が付く。
「……いさなは?」
食卓に食器の用意をしながら答えるピッチ。
「いさなさんなら、先に向かうと言って出ていかれましたよ」
学校はこんな朝早くからでもあるのか。俺を置いていくって事はよっぽど何かあるんだろう。
朝食にありつけたからか、置いていかれた事に腹を立てる事も忘れ、サリアはご飯のお代わりを告げた。
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遅刻寸前で教室に着いた。またもそこで異変に気付く。何かおかしい。明に話し掛ける。
「おい、いさなは?」
「何時も一緒に来てるじゃない」
存外だと答える明。それこそ、周りの生徒に睨め回されながら。
「今日は先に行くってピッチが言ってたんだが」
「……分かった。とりあえず、話は後で聞く」
ホームルームが終わった頃、二人は屋上へと駆け込んだ。
サリアは外とこちらを隔てる硝子張りの壁に凭れて座り込み、明はその隣に立ち外を見ていた。
「なぁ。あいつってさ、家族とかいねーの?」
「居ないわ。いさなには家族も、そう呼べる人も居ないの」
明が哀しみを含んだ目で虚空を見上げ言う。
「あの子には、もうそんな人は居ない」
サリアは何も返さなかった。今度は明が尋ねる。
「どうして私に聞こうと思ったの?」
「何となく気になったから。あいつに聞く気には何かなれなかったってか、今気になったから聞いたってか」
申し訳なさそうに言うと、明は苦笑しながらサリアの方へ体を向け背中を力強く叩いた。
「それより、サリア君の魔法でいさなを探そう。この際授業はサボって」
「作ったヤツの娘がんな事言うなよ」
「大丈夫だって。早く出よ」
「はいはい、そこに立ってろよ」
サリアが短く呪文を呟くと、響いていた笑い声は掻き消えた。
二手に分かれて捜す。明は通学路とは反対の方向を、サリアはいさなの家周辺を。
魔族らしく空を飛びながら、何処か呑気な表情で特に焦る訳でも急ぐ訳でもなく、ゆったりとした足取りでいた。あいつが遠くへ行ける筈はない。
そもそも二手に分かれなくとも捜索手段はあったのだが、何故か明は選択肢などないかのように、更にそのまま従っている自分が不思議だ。もっと不思議だったのは、その時の自分が提案をすんなり受け入れた上、奇妙にも一瞬ではあるが落ち着いた気分を味わった事。
それが気になっているので、我ながら自分らしくないと顔を顰める。他の事を考えようと思い出したのは、またいさなに関する事。なんにせよ、思い出してしまったものは幾ら魔族でもどうしようもない。
いさなには「家族」がいない。正確には「そう呼べる人がいない」らしいが。
一軒家に年頃であろう娘が一人で住んでいるなど些か不思議ではあったが、理由があるだろうとピッチは何時か言っていた。聞く必要はないとも。それに納得して今まで来た。
今回明にその事を聞いたのは、あの時の言葉通り、たまたま思い出されて明なら知っているだろうと思ったに過ぎない。
あれこれ頭を巡らせ外界に目を向けた頃、視界の端にふと灰色の一帯が映った。それはこの国でいう墓地だった。また考え込みそうになり、今日の自分は感傷的だと嘲笑したその時、その墓地に人がいる事を発見した。
それは間違いなく先程から捜していた存在。ぼんやりと考えていた事など、一気に吹き飛んだ。