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次の日。
「嘘……」
いさなが目を覚まし頭上の時計を見ると、針は11時を指していた。つまり、寝坊。何時ものいさなにしては、かなり遅い目覚めである。
「がっ、学校遅刻? 早く準備しなきゃ!」
そうやって慌てている所へピッチが部屋の前を通り掛かり、朝の挨拶をしようと扉を開けた。
「お早うござ……」
ピッチは目の前で何故かあたふたしているいさなに驚き、挨拶の代わりに軽い質問を投げ掛けた。
「な、何やってるんですか……?」
が、聞かれた当の本人はそんな質問すら聞き入れないほどに焦っており、制服に着替え終わって部屋を出ようとした所で、ピッチの存在にようやく気が付いた。見ると、制服の着方がちぐはぐである。裏表が反対で、その上リボンが首に巻かれている始末。
「はっ、ピッチお早う、何か用?」
ピッチが呆れて、苦笑しながらもいさなに忠告した。
「今日は休日ですよ? それに、寝巻の上に制服を着ています。靴下も片方だけ履かれていないですし」
いさなは一人突っ立ちながら、その一言に絶句していた。
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朝ごはんを済ませたいさなは、もう何度目か分からないため息をついた。
「はぁ……」
「お前さっきから何だよそれ」
サリアがしかめっ面で文句を言う。そんなサリアの顔をしばし眺めて、またいさなはため息をついた。
「はぁ……」
「俺の顔見てため息つくなこんにゃろ」
サリアがすかさず怒る。が、いさなはその科白には気付かず、それがサリアをまた更に怒らせる。
「おい! おいこら!」
いさなの肩を荒々しく掴み、顔をこちらに向けさせる。
「……え?」
「"え?"じゃねぇっ! 聞いてんのか人の話」
拍子抜けた返事を返すいさなにサリアは苛々しっぱなしだった。
「ったく、もういい」
サリアが呆れて肩から手を離し、一人どこかへ行こうとしたが。
「え?」
サリアの服の裾を誰かが引っ張っている。サリアが驚いて振り返ると、服の裾を引っ張っていたのはいさなだった。
「……何だよ」
サリアが一瞬驚きながらも堂々として問い掛ける。
「どこ、行くの」
いさなは問いを無視し、更に問いを返した。サリアは呆れて言った。
「別に。関係ないだろ」
そう言うと、いさなは裾から手を離した。サリアは構わずに居間を出ていこうとする。そして、居間と廊下を隔てる扉を閉めようとした時。
「……ん?」
サリアが堅い音を不審に思い振り返る。見ると、いさなが床に寝転ぶ様に俯せに倒れていた。ゴンッという音は恐らく、額か頭を打ったのだろう。サリアもこれには驚いた。慌て気味にいさなの元へ駆け寄る。
「おい、大丈夫か?」
呼び掛けても返事はない。少し苛々しながらまた呼び掛ける。
「おい、寝てるのか」
そう言い、デコピンで起こそうといさなの額に触れると。
「熱っ、お前まさか、熱あるんじゃないのかよ!」
これも返事はない。耳を澄ませると、微かに息が荒い様だ。
「……っ」
サリアがいさなを勢い良く抱き上げる。ここはとりあえず自室に運ばねば。
「ったく、何で俺がこんな事しなきゃいけねーんだっ!治ったらツケ払わせるぞ!」
抱き上げたまま、荒々しく誰に叫んでるのか解らない文句を吐きながら、サリアはいさなを部屋まで運んだ。
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いさなは突然の智恵熱に浮かされながら、ぼんやりとした夢をみていた。
内容は考えなくても分かっていた。どうせまた、今朝と同じ"願い"に悩む夢なのだ。
昨日サリアにこっぴどく突っぱねられ、どうしようかと悩んでいる内に、何時の間にか夢にもそんな自分が出て来る様になった。
閃きかけては頭を抱え、またそれを何度も繰り返し、気付けば現実でもそれが繰り返され、何をしていても始終"願い"の事ばかりが頭の中をぐるぐる巡る。
轟音の様に鳴り響き、当然であるかの如く、重苦しい思考回路の中心に鎮座しているのだ。他の事など、頭に入る筈がない。
それ程までに、いさなは焦って必死に考え込んでいた。サリア達だって早く終わらせて帰りたいだろう。そう思ってはいるものの、サリアの要望に見合う願いがいさなの中には見付からない。
尚且つ、ピッチが言っていた決まりに引っ掛からない様な願いを見つけ出すとなると、三日三晩捻ったって出ては来ないだろう。いさなは安易に修業に付き合ってしまった事を、この時初めて深く後悔した。