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天気は快晴。気持ちの良いすかっとした洗濯日和だ。
いさなは休日でも早く起きる。昔からの習慣で癖が付いた。サリア達はまだ寝ているが、それでも最近、ピッチだけは早起きである。
何故か久しぶりにのんびり出来ている気がする。サリア達と出会ってからは、なんだかんだで慌ただしい気分だった。もう段々とサリアの魔法も見慣れて来つつある。
家具を勝手に移動させたり弄ったり、庭の草木を向こうの植物にしたり……色んな悪戯をされてきた。
多分いさなが甘やかしている所為もあるのだろうが、いさなはそこまで強く注意する気は無い。というか出来ない。ピッチから主人専用のお仕置きの呪文と言うのも教えてもらったが、今まで一度も使った事はない。
「そろそろ起こしに行こうかな」
乾いた洗濯物を取り込み、新しい洗濯物を干して、いさなは自分の部屋へと向かった。サリアは今日はいさなの部屋で寝ている。朝起きた時は非常に驚いた。部屋の扉を開くと迷わずベッドへ向かい、いさながサリアの体を軽く揺らす。
「サリア、起きて。もう朝だよ」
その呼びかけに暫くして反応が返る。
「いったた……もうっサリアどいて!」
いさなの一声で反応してくれたのは良いが、寝ぼけてるのか、ベッドの横に立っていたいさなを押し倒し、そのままいさなの上でまた寝ようとしていた。間もなく、ピッチが助けに来た。
「大丈夫ですかいさなさんっ」
「あ、ピッチ……良かった、ありがとう」
ピッチが魔法でサリアを浮かし、その間にいさなはそこから離れた。
「助かったぁ、ありがとうピッチ」
いさなが礼を言うと、ピッチはサリアを一瞥し、こんな時とばかりに、憎々しげに言葉を吐いた。
「いや……それにしても良く寝てますねぇ」
いさなは反対に、まるで母親の様な顔で優しく言った。もう無理矢理起こすのを諦めたのだ。
「そうだね、でもまぁ良いよ、もう少し寝かせてあげよ」
ピッチがサリアの代わりのように反省する。
「すみません、いさなさん」
「ピッチが謝る事ないよ」
そんな会話をしつつ、いさな達はサリアをまたベッドに寝かせて部屋を後にした。
そのやり取りを木陰から見ていた一人の人間。「今がチャンス!」と言い、サリアのいる部屋へ勢いよく向かって行った。
*************
サリアはその頃夢の中を漂っていた。雲の上にいるようにふわふわしてるが、気分は悪くない。
そういえばさっき誰かが呼び掛けてくれた様な気がしたが、誰だったのだろうか。あの優しい声は、誰かに似ていた。
そうだ、いさなだ。あいつもう起こしにきたのか。
そうして、もう朝である事を頭の何処かで理解したサリアが夢から醒めようとした時。
「うわっ何だいきなり!」
急にどこからか力が掛かり、押し潰される様に暗い闇の中を真っ逆さまに落ちていった。抵抗するが、不思議な事に全く効かない。
「……くそっ」
何なんだよ、一体! 良い気分だったのに!
為す術が無く、無抵抗に堕ちていくサリアに、またどこからか呼ぶ声がした。夢から醒めるのが近いのか、先程よりもはっきりと聞こえてくる。
前回聞こえたいさなの声とは確実に違っていた。同時に、特に嫌悪する柑橘類の一種、グレープフルーツの香りも。
『サリアっいい加減起きて!』
煩い。何時起きようが俺の勝手だ。誰だよ、文句を言う奴は!
『サリアってば、私が来たって言うのに!』
寝起きは相当に気分が悪かった。最初のあのふわふわした感じは何処へいったのか。しかもまだ重い。
誰かが俺の上に乗ってる? 畜生、そいつシバいてやる――
「……う」
サリアはやっと目を覚ました。というより、やっと目を開ける事が出来た。
やはり重たい。ぼやけて焦点の合わない目を擦りつつ、サリアは自分の上に乗っている無礼な輩が誰か見ようとした。その刹那、甲高い女の声。
「やっと起きたっ!愛は本物ね!」
しかも聞き覚えのある声だ。ひょっとして、こいつは――
「お早う!大好きっ」
そう言ってサリアに勢いよく抱き着いた。同時に、夢の中でもしたグレープフルーツの爽やかな香りが鼻をつく。
「……っエニーチェ、てめぇか……」
そう言い残して、匂いに気分を悪くしたサリアは気絶したままランプ姿になった。エニーチェと呼ばれた女が、小さくなってしまったサリアを見てただ驚いていた。
*************
一時間後。ランプになったサリアはエニーチェに嬉しそうに抱えられ、居間にいるいさな達の所にいた。
ピッチが挨拶しながら、代わりに紹介する。
「エニー様お久しぶりです。国王によくお許しを頂きましたね。いさなさん、紹介します。この方は王子のお従妹のエニーチェ姫です」
いさなが笑顔で頭を下げて挨拶する。
「そうなんだ。よろしくお願いします」
エニーチェもサリアを力いっぱい抱きつつ、笑顔で応え。
「いいえ〜、こちらこそよろしくねっ」
やがて気絶から覚めたサリアがじれったそうに叫ぶ。
「よろしくじゃねぇ! 早く元に戻せ!」
エニーチェがサリアを抱く手に力を入れる。
「ダメよっ照れ隠ししちゃ」
「誰がするか! 離せ! ついでにグレフル持ち歩くの止めろ!」
冷たく当たるサリアにエニーチェが頬を膨らませる。
「そんな冷たい物言いしなくても良いじゃないっ」
「そうだよサリア」
苛立つサリア。理由が何であれ、とにかく短気な性格である。
「煩いっ、こうなったら!」
「あっ」
エニーチェが叫ぶ。サリアは見事地獄を抜け出し、真っ先にいさなの元に向かった。
「これで戻れる!」
エニーチェの残念そうな顔を尻目に、サリアはいさなの顔を視界に入れた。途中、エニーチェの手の攻撃をかわしつつ。そして。
ちゅっ、ぽんっ。
いさなとピッチはただ驚いたのに対し、真顔になったエニーチェは動きを止めてただ呆然としていた。
――サリアが次期国王の修業に入ったという事、またその主人が女という事はピッチと国王から(盗み聞いて)知っていたが、サリアの嫌いな柑橘系果物全般(特にオレンジ)をちょっと近付けただけで先程の様にランプに姿が変わったり、しかもそれから元に戻るには、あのいさなとかいう女の主人の唇にキスしなければいけないだなんて。
これは、サリアを好きなエニーチェにとって、大変許し難い事である。というか以前聞いたがサリアにはちゃんと王子らしく王達が決めた婚約者がいる筈……それを差し置いてこの行為はおかしくないか。いくら修業中とはいえ……。
「あの……私もう帰るね」
エニーチェの動きにその場にいた三人が振り向く。サリアは安堵したのか床に大の字で寝転がりながら、いさなはサリアに注意しながら、ピッチはそれを見つつお茶を啜りながら。
エニーチェは静かにそう言い、箒に乗って外に出、すぐに消えた。三人は、ぽかんとしながら、エニーチェが消えた空を見つめていた。