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一方その頃、いさな達が学校へと向かった後。
――全く。あの人は何時も浮かれすぎだ。何故もう少し王子らしく出来ないのか。あんな風にへらへらしていては王家の威厳などあったもんじゃない。
大体、呑気に学校など通わなくても良い。いくらいさなさんが願い事に悩んでいるからとはいえ、そこまでする必要はないだろう。
些か八つ当たり気味の文句をぶつくさと心の中で並べ立てながら、ピッチは一人スカイワード(魔法王国)へと向かっていた。ピッチはサリアのお目付け役でもあるが、国王に現在の状況を適宜報告すると言う重要な役目も請け負っており、今回もその為であった。
こんな呑気な気分の修業など初めて聞く。きっと王のお咎めは確実だろう。ピッチはそう覚悟した。
やがて遠目にスカイワードの城や街が見えてくる。やはり高い所からだと直ぐ分かる上に、風が気持ち良い。空を飛べる事に感謝だ。これで少しは気分が紛れるというもの。
更に城に近付いていき入口に降り立つと、門番に王家の紋章と名刺を見せた。門番は頷き、並の力では開けられない重厚な扉を、魔法を使いいとも簡単に開けた。ピッチは門番に軽く会釈をすると、颯爽と中へと進んで行った。
相変わらずこの城は何もかもが広すぎて、来訪者に人の居住空間には適さないと思わせる。ピッチは長い長い廊下を魔法を使い、階段を流れる様に遡り王のいる部屋、謁見の間へと急ぎ向かった。
城の最上階、そのど真ん中。国王の私室(最上階の殆どを占める)に繋がる大きな謁見の間。此処から見渡す国は息をのむほど綺麗だと言われる。そこに繋がる、ピッチの何倍もの大きさで今にもこちらに迫ってくる程の重厚な扉が、王の一声でずっしりと動き出す。
「ピッチか。入れ」
見上げても見渡せない位広い部屋の丁度真ん中辺り、低い声で威厳を込めて王が言う。王が先に台詞を言ってしまった為、言おうとしていた挨拶を何も言えなかった。
ピッチは進められるままに謁見の間へと歩を進め、2、3歩進んだ所で今度は深々と頭を垂らし、そして、さっき言い損ねた挨拶を王に告げた。
「失礼致します。王子の修業の経過報告に参りました」
謁見の間の開かれた窓から国を眺めていた王が、ゆっくりと玉座に向かいながら言う。
「構わん。有り体に話せ」
ピッチは頭を垂れたまま王を一瞥し、玉座に移動した事を確認すると、真っ直ぐ王を見据えていった。
「はっ。では、お言葉に甘えて」
ピッチはそのまま、サリアが向こうの国の学校に通い始めた事、主人が無欲な為、願いを叶えるまでに時間がかかりそうな旨を伝えた。
言ってしまうと、ほんの少しではあるがつかえが取れた気になる。しかし、自分は今から咎められる身。覚悟して、王の言葉を待たなければ……。
だが王は怒るでもなく、ピッチも咎めずに――笑った。
お咎めが来ると内心目を閉じ覚悟していたピッチは、王の笑いに酷く喫驚した。王はひとしきり笑うと、目に溜まった涙を拭いつつ言った。
「そうか。確かにそんな修業は初めて聞くな。しかしまぁ、別に良い。それは仕方ない」
何と、あっさりと下界の学校に通う事を認めてしまった。ピッチは冷や汗を流しながらも、王の次の言葉を待った。
「それよりも気にすべき物をお前は知っているだろう?わしが重要で守るべき物だと言い続けている――修業の日数などわしは構わぬ。寧ろ主人が女なのだから、あの方がわしは気になるのだが」
長く語った後、間を空けてピッチに静かに問い掛けた。
「……どうだ? ピッチ」
――ピッチは王の語った言葉にただただ頷き、同時にほっと安堵し、確かにそうだなと気持ちを入れ換えた。
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夕暮れ時。いさな達は学校が終わり、何時も通りの帰路についていた。サリアだけは、いさな達以外には姿を見られない様に魔法をかけ、空を風船のように軽々と飛んでいる。
その後方でいさな達は楽しそうに会話をしている。
(ほんとにあいつ、願いとかあるのか?)
空を飛びながら、珍しく真面目に修業の事を考えてみる。とりあえずこうして学校に通ってはいるが、早く願いを叶えて次に移りたい。こっちにはこれから先、まだ幾つか修業が残されている。
全く。王子ってのも楽じゃないな。そう心で呟いた時、ある空気に出くわした。
この感じ……魔力か。まぁ、放っておこう。これは敵意がある感じはしないし。向こうも今は来る気は無いみたいなので、深追いはしなくて良いだろう。
そうこうしていると、すぐに家に着いた。後ろの会話ももう終わりだ。
「じゃあまた明日ね」
「うん。バイバイ明ちゃん」 サリアが地上に降り立ち先に玄関口で待っていると、後からいさなが走って来た。そしてちょうど家に入る頃になって、スカイワードへの定期報告から帰ってきたピッチが戻ってきた。
そんなサリア達の様子を、高い木陰から覗いている一人の人間がいた。
「やっと見つけた……」
一人の人間は、そう呟いて、どこかへ消えた。