Magic.01:Page.02

 ……止めよう。今日は考えたくない。折角あんな綺麗な虹を見たのに掻き消されてしまう。

「何かないかな……」

 のそりと椅子から立ち上がり、キッチンにある冷蔵庫へと向かった。
 あの虹はまだ微かに、いさなの心の中で輝きを放っていた。"何か良い事があるかも"と、まだ、願える位に。
 そうして考え事をしながら冷蔵庫に近づき、かたり、と軽く力を入れて開けた、その時。
 開いた冷蔵庫から光が溢れ、しかも轟々と唸るような音をたて始めた。いさなはその力に逆らう事が出来ずに後ろへ飛ばされ、強かに尻餅をつく。
 何事かと思い、腰を摩りながらゆっくりと冷蔵庫の方へ顔を向けると、揺れている冷蔵庫の光の中から、何かが見えた。

(何……?)

 冷蔵庫はまだ轟々と音をたて、光り続けていた。その光の中に、確かに何かが見えるのである。
 いさなが目を凝らそうと光に負けじと凝視すると、その光の中からいきなり手が飛び出した。

「ひっ」

 いきなり出てきたその手に驚き、恐怖心の余り、声が出ず、体は震え、ばくばくと心音が高まった。手から更に延びて腕が出て来たかと思うと、今度は頭が見えてきた。体を動かそうと試みるが、恐怖が体を占め、思うように動けない。

(は、早く冷蔵庫閉めなきゃ……!)

 ただそう思うだけしか出来ず、目の前で繰り広げられている信じ難い出来事に目を白黒させていた。そうこうしている内に、徐々に出てくる人間の体形が露わになる。どうやら2つあるようだ。
 だが冷蔵庫の光はもう持たないと言う様に、中から伸びてくる人二人を一気にぽいっと外へ放り出した。そうして出すだけ出すと、光も轟音も止み、冷蔵庫は勝手に閉じ、後に残されたのは……。

 目の前にいたのは、背丈の大きそうな青髪の男と、いさなと同じ位の身長であろう、鮮やかな緑髪の女だった。男は尻餅をついた形で胡座をかいて座り込み、女は何とか持ちこたえているようだった。二人はこちらの存在に気付いていないのか、いさなに背を向け会話をしている。
 男が言う。

「はぁっ、やぁっと下界へ来れた。それにしても何だってあんな変な道になったんだよピッチ」

 ピッチと呼ばれた女は返す。

「私の所為じゃないんだから仕方ないじゃないですか。何かの手違いでしょう」
「だってよー……」

 渋る男を尻目に女はこう言った。

「それより! 王子は今は修業中の身。とっとと姿を変えて下さい。早く人を見つけて願いを叶えて国に帰りましょう」

 王子と呼ばれた男はまだ何か渋っている様子で、女の申し出をきっぱりと断った。

「嫌だ」

 女はその我が儘ぶりに嫌気がさしたのか、男を脅しにかかる。

「……じゃあ、強行手段に出ても良いんですね」

 そう言って、女は懐から何か柑橘系の果物の様な丸い物を出し、男に向かってそれを力任せに投げ付けた。男はその丸いものを見た途端に急に焦り出し、必死になってそれを止めようとしたが、遅かった。

「わっ、やめ……っ」

 ――ぽんっ。そんな音がした次の瞬間には、男は可愛らしくランプに似た姿に変わってしまっていた。女が変わり果てた姿を見下ろし、呆れた人だと言わんばかりに盛大に溜息をついて言った。

「全く、早速我が儘を……でもま、さっきよりはこちらの姿の方が可愛らしいですよ」

 ランプ似の姿の男は女にはっきり「可愛い」と言われ、我慢ならないと不機嫌な顔を更に不機嫌にさせた。

「何だと! それが一国の王子に対して言う台詞か?!」

 女はその小さな抗議をひらりとかわし、これからの事を話し出した。
 いさなはその存在に気付かれず、人の家で訳の分からない事を話し込んでいる二人から視線を外さなかった。何が起こったのかまるで分からない。これは夢だろうか?


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