Dark.2:Page.3

 この川べりの街フラバムから首都レアルアの入り口であるグラシアまでは、庶民も気軽に利用している鉄道が通っていると宿屋の主人から聞いた。便利とはいえおおよそ一日はかかるらしいが、今までの道程を鑑みると然程苦にはならない。

 義賊があの奴隷場を襲った日から3カ月。そしてこのライト国のあらゆる汚れが集まるという南端の街・カナスタを抜け出して2カ月。ようやっと、目的地の手前まで辿り着いた。
 ニコルは一瞬だけ感慨深げに煉瓦造りの駅舎を見上げ、そして何時もの険しい目でホームへと向かった。

(後一歩……後一歩なんだ)

 一番安い三等車両の切符を手に入れ、今か今かと逸る気持ちを抑え汽車を待つ。灰色の煙を噴き上げ汽笛を鳴らす真っ黒いそれが見えると、乗客たちがホームに溢れ、降車する客達と見分けがつかない程に混雑する。
 危うく飲み込まれる所だったニコルも、乗降口に備え付けられた手摺りをがっちりと掴み、何とか事なきを得た。
 無事に客車に乗り込み空いている席に腰を下ろすと、大きく息を吐いて寛ぐ。

「流石首都に繋がる列車だけあって人が多いなー。お前小さいからすぐ人並みに埋もれちまってびっくりしたぜ」

 若干服が乱れながらも辿り着いたカイトが言った傍から、どす黒いオーラが放たれる。

「誰が小さいって?」
「あ、えーと……何でもありません、ハイ」

 ぎろり、という効果音がぴったりな位、ニコルが睨みを利かせていた。群青色の双眸が濃さを増す。
 その気迫にたじろいだかどうかは定かではないが、カイトはそれきり終点であるグラシアに着くまで柄にもなく控えめに過ごしていた。

*************

 身を粉にして働いているのだと言いたげに蒸気を吐き、坂を喘ぐように必死に登る。
 そんな機関車に知らずの内に過去の己を重ね、静かな車内でニコルは意思もなく緑の広がる景色を見ていた。目の前のカイトは既に夢に沈んでおり、時折大きな揺れが訪れてもぴくりとも動かない。
 その爆睡ぶりを眺めていたニコルも、ただじっとそうしているのは暇になったのか欠伸を噛み殺す。どうせほぼ一日はこの車内で過ごすのだ、寝てしまっても構わないだろう。

「失礼、相席良いかしら?」

 うとうとと沈みかけた所でニコルははっと顔を上げた。見知らぬ女性が見上げた先にいる。

「……どうぞ」

 比較的空席のあるこの車両で、何故自分に声をかけたのか。疑問は浮かんだものの、口にするのは煩わしいので止めた。
藍色のおかっぱ頭に白無地の布を額に巻き、エメラルドグリーンの瞳が輝くその女性、というよりも少女と言った方が正しい顔つきがニコルに大人びた笑みを向ける。だがそれもすぐに一転した。

「あたし、あんたの過去を知ってるわ。ニコル」

 裏のある怪しげな表情。そして脅迫染みた台詞。厳しい視線と共に、悟ったニコルは少女を鼻で笑う。

「それで? 目的は金か」

 明らかな嘲りを含んだニコルの返答に少女は僅かに眉を歪ませたが、負けじと散々練習した言葉を返す。

「そうよ。そこの仲間にばらされたくなければ、ね」

 は、と小馬鹿にした後、ニコルは更に切り返した。相手が単純で、この切り返しに容易く折れる事を祈って。

「そう言うお前は何処から来た」
「……はぁ?」

 どうやら目論見通り、少女にとって想定外の事態に持っていけたらしい。今の反応は飾り気のない素のものだった。――ならばあの脅しは恐らく、いや、確実に――

「答えられないのか? ただ聞いているだけなのに」
「ちょ、ちょっと待ってよ何この展開。何であたしが追い詰められてんの! 今そんな事関係ないでしょ! 良いから黙って脅されてなさいこのクソガ……」

 たじろいだ後一気にまくしたて、はっとして少女は言葉を止めた。背中に感じる幾つもの視線に、淑やかさの欠けた叫びと言葉遣い。そして自分が脅している筈の少年の黒い笑顔。

「……あっ!」

 何時の間にか自分が謀られていたのだ。まさか、こんなガキに――!?

「ふん、やはりな。嘘だろうと思った」

 彼女の目的を暴露した僅かな喜びなどおくびにも出さず、白々しい顔で白々しい台詞を宣うニコルに、まんまと受け手になっていた少女は悔しげに人差し指を突き出す。

「ふざけんじゃないわよ、あたしを馬鹿にしたわねこのマセガキ! もう良いわ遠慮なんかしてやらないから!」

 マニュアルを作って練習して、折角かっこ良くスマートに金を分捕ろうとしたのに!と、およそ見た目が可愛らしい少女が言うべきではないセリフを吐いて、全身でニコルへの敵意を露にする彼女に対し、ニコルは叩き付けるように捻くれた文言で睨める。

「あっさり煽りに釣られて何が遠慮だ。子供が皆純真で騙され易いと思うな。生憎僕はその辺の“マセガキ”とは違ってその手の事には慣れてる。残念だったな、お姉さん」
「何よイヤミばっかり! こうなったらあんたの弱みを握るまで付き纏ってやる、絶対!」
「……はぁ?」

 少しばかりやりすぎたか、と反省したものの時既に遅し。少女が怒りに任せて付いていくと言い出すと、ニコルにはやる気のない反応を返すしか出来なかった。



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