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 もう数時間は経ったろうか。日が傾き始めた頃に二人は街に辿り着いた。

 早速、今夜の宿を探す。人が閑散としているからか、存外すぐに宿は見つかった。
 これで一安心だと、カイトはそのまま部屋に行く事はせず、一人夜に向かう街へと飛び出した。二コルはそれを目で追うと、宿の夕食を食べることにした。

「坊や、何か旅をしているのかい?」

 他の宿泊客から離れ一人ぽつんと夕食にありついていると、宿の女主人が気にかかったのだろう、こちらに話しかけてきた。
 無視する訳にはいかないので、少々面倒だが食事の手を止め、話を聞く。

「ああ、悪いね。別に気を遣わなくて良いんだよ」

 そうは言われても、と困った顔をすると、宿の主人は苦笑して、再度悪いねと言い、二コルに次を譲る。何から話そうか、先ほどの質問の答えからか。

「確かに、旅をしている」

 おずおずとそう短く言うと、主人は頷き何処に行くのだと尋ねる。

「都だ」
「都?そりゃまた遠い処へ行くんだね。子供なのに大変だろう?そうだ、明日の朝、あんたに特別食料をあげるよ」
「え…………」

 そんな事をして良いのかと顔を崩すと、またも主人は笑って、気にすることはないと二コルの背中を2・3度力強く叩いた。その勢いに押され、戸惑いながらも折角だからと厚意を有難く受け取る事にした。
 やがて主人は他の客に酌の相手をしろと呼ばれ、隣を離れていった。

 溜息をつき、中断していた食事の続きをする。そして、早く寝て明日に備えようと気持ちを改めた。
 最後の一口を一気に口に含むと、勢いをつけてお茶を飲み込み、空になった食器を洗い場へと運んだ。

 晩酌を楽しむ大人たちの騒ぎ声に、少し眉を顰めながら。余り見ていたくはないと、そそくさと自分の部屋へと向かった。

 部屋に入り、扉をしっかりと閉めると、嘆息し、小奇麗に整えられているベッドへと腰を下ろした。
 ぎしりとスプリングの金属音がすると、外界と遮断された部屋の静けさがより強調された気がした。

「………………」

 寝るには邪魔な剣を腰から外すと、ベッドの脇にそっと置き、次いでマントを肩から外し、無造作に畳み剣の上に置く。そしてやっと、体を休める態勢に入った。
 両手を広げ、広々とベッドを占領すると視界を閉じ、現実から離れようと意識を集中させた。
 階下では相変わらず騒がしい大人たちの笑い声が響いていた。

*************

 翌日。カーテンを閉めてもまだ強い太陽の光が隙間から漏れ、それで二コルは目を覚ました。
 何時の間にか帰ってきていたカイトが片側のベッドで何やら唸っているが、それは無視し、起き上がってベッドを離れ洗面台に向かう。やる事を済ませると、朝食を食べに階下へ降りた。

 食堂、とでも呼ぶべきそこは、既に賑やかさで包まれていた。酒をたらふく飲んでも自身より早く起きている大人たちが、少し憎らしかった。
 そんな事を思いながら、端から端まで並べたてられた種々のおかずのあちこちに視線を彷徨わせ、値踏みしていく。そうして手に持っているプレートには、所狭しと(殆ど皿の所為だが)料理が並んだ。

 満足げに今度は席を取り、飲み物とスプーン・フォークを手に取り、足早に朝食にありついた。二コルが朝食を済ませると、そこに寝ぼけ眼のカイトが現れた。

「……はよー。お前もう食べたのか、はえーなー……」
「お前が遅いんだろ。早くしろ」
「うーい」

 ひらひらと力なく手を振るカイトを慳貪な目で見送ると、二コルははあ、と小さく息を吐いた。とりあえず片付けよう、そう思い席を離れようとした時、一瞬くらりと脳が揺れた感覚を味わった。

「……………………」

 何の事はない、ただの立ちくらみだろうと決め、気を取り直しプレートを持って返却口まで運ぶ。
 ふと、子供の様にあれこれとおかずを見て回るカイトが視界に入り、呆れた顔をして荷物を取りに部屋へと戻った。

 部屋番号を確認して木製の扉を開く。ベッドの足もとに小さく纏めてある荷物を見つけると、一直線にそこに向かう。
 必要最低限しか持っていないので、大げさなものではないし、苦にもならない。
 荷物を手に取ると、二コルは休憩とばかりに部屋の真ん中に置かれている椅子へと座り込んだ。

 流石にこの未熟な身体で数カ月も旅を続けていると、心底から休まる日々は皆無に等しい。しかしそれでも、続けなくてはいけない理由があるので音をあげる訳にはいかない。まだ知らない事が山のようにあるのだから。

 俯けていた顔をゆっくりと上げると、荷物をしっかと手に握り、小さな体をめい一杯動かして立ち上がり、歩き出す。

 再び階下へ移動すると、無声だった部屋とは違い様々な声が行きかっていた。その中で、まだ朝食を食べている頃だろうカイトの姿を探す。丁度視界に入ったその時に、カイトがこちらに気がついた。
 近づいていくと、もう食事は終了した様で、今から片付けるのだと態々教えてくれた。それからカイトは素早く部屋に戻り、荷物を取りに行く。

 それを眺めている間に、昨日話しかけてきたこの宿屋の女主人が何か袋を持ってこちらにやってくる。
 嗚呼、本当に言った通りに持って来たのかと一人納得すると、優しく手渡された重みのあるその袋を受け取る。

「はい、約束通りこれを」
「……すまない」
「いいって、気にしない気にしない」

 小さくそんな会話を繰り広げていると、何時の間にか二コルの背後にカイトが不思議そうな表情で立っていた。

「……えーと、これは?」
「私から二人への餞別さ、受け取っておくれ」
「ええっ、良いのか?!」
「良いから良いから」

 袋を指し、驚きを露わにするカイトに、主人は二コルが携えている袋を指して明るく言う。

 さてもう良いだろうと宿を去る動きを見せると、主人は尚更に笑顔を濃くし、また何時か、などと不透明なありきたりの挨拶を残した。
 それに少し会釈すると、そそくさと宿を後にした。次の目的は、あの先に聳える山を越える事だ。


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