王女様と文化祭:Page.03

 追い詰めた先には先程無意味に絡んできた元クラスメイト達。どいつもこいつも腰が引けている。

「ま、待てよ、落ち着けって。たまたま、偶然だろ? まさか、俺達だって王女が出てくるなんて、お、思ってなかったからさ……!」
「偶然? ……だからどうした」

 ありったけの嘲笑と共に、柄を握る。分り易く呆気に取られる奴等が腹立たしい。

「お、おい、止めろ!」
「人の主、まして国の王女を傷付けておいて」

 鈍色の瞳が、光る刀身と重なる。脅しの意味を込めて、じわじわと切っ先を彼等に向けた。

「ただで済むと思うな」

 あれは本来なら、自分が被るべき被害。お人好しな王女の所為で、自分はまた無傷。それがどうにも可笑しくて、許せない。
 怯える姿にぽつり零す。

「そんなだから、俺に負けたんだ。お前は」

 ――剣術の講義であった、一対一の対戦練習。
 成績に大きく関わるそれは、講義を離れトーナメント戦として武術祭でも行われていた。
 敷地内の闘技場が最も盛り上がる決勝。難なく勝ち上がったジェラルドとぶつかった、目の前の男。

「るせぇ……ムカつくんだよ、てめえ!」

 喉元の切っ先をものともせず、男は叫んだ。ようやっと、立ち向かう意志を持ってくれたらしい。ならば。

「勝負しろ」
「……は?」

 剥き出した敵意にそう告げると、意味が解らないと怪訝になる。呆然とする彼等へ再度。

「戦え。歯向かう気すら起きない位、叩き潰す」
「な……」
「ストーップ!」

 今度は何だ。背後を一瞥すると、先に城へ帰った筈のウェルシュが仁王立ちしていた。
 何時の間に。警官らしき人間を二人連れて。

「お仕置きはそこまで。後は警備員さんに任せよう」

 柔和な笑みで、あっさりと展開を奪われた事に対する怒りは萎んだ。
 どうして止めたんだ。俺は、一発殴られるべきなのに。

「早く帰ろう。エルナ様が待ってる」
「……ああ」

 力なく剣をしまった時に、体が僅かに震えた。

*************

「ジェラルド! 何してたの、もう!」

 お前は母親か。何時もの護衛なら何かしら突っ込みが入る所だが。

「……済まない」

 王女の自室に向かうと開口一番に黙って去った事を咎められ、ジェラルドは反抗もせず謝罪した。
 着替えてさっぱりしたエルナが訝しむ。

「元気ないわね、どうしたの?」

 琥珀の双眸が近付いてこちらを見上げる。

「怪我は、なかったのか」
「? ええ、ちょっと頭を打ったけど、大丈夫よ」
「そうか……」

 変なの。普段のジェラルドじゃないわ。
 なんて、少しからかってやろうと思ったのに。一瞬で護衛の腕の中に収まってしまった。ますます異様である。

「良かった」

 耳元にかかる吐息は切なげで、衣服越しに伝わる温もりは柔らかい。ドキッとしつつも、ほっとした自分がいた。
 珍しい事もあるもんだ。滅多にない彼の表情を発見出来たのが、少し嬉しい。
 じわりと走った肩の痛みなど、今は黙殺して。暫くこうしているのも悪くない。
 王女が密かに思った矢先、扉が開かれ。護衛が弾かれたように顔を上げ、勢い良く体を離すが遅かった。

「失礼致します姫様。夕餉のお知らせに……まぁ」

 アリーヌが恭しく入室し、意味深な女神の微笑を湛えて二人に近寄る。必要以上にどぎまぎする護衛には一瞥もくれず、王女の手を引いた。

「さあ姫様、食堂へ参りましょう」
「ええ」

 冷静に、さらりと動き出すエルナに一驚し、緊張が解けない心臓を落ち着かせようと躍起になるもすんなりとはいかない。やましい事をしていた訳じゃないと必死に言い訳してどうにかやり過ごす。
 前を行くアリーヌに何と思われただろう。いや、気にしても始まらないが、先程の笑顔には背筋が凍った。

「余り考え込まないようにしよう……」

 ささやかな決心を立て、ジェラルドはまるで何時も通りのエルナを見習った。


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