(深夜2時、表参道にて)

 私は現実を直視出来ていない。いや、もしかしたら現実を直視してしまったが故の――つまり今己が置かれている状況を無駄に冷静に鑑みてしまった所為に因る――逃避かも知れない。
 街灯が上手く照らした街中の時計は午前2時。抑々何故こんな時間に“か弱い乙女”が、時間が時間なら若者で溢れ返っているであろう流行のファッションが並ぶ静かな繁華街――今はただのシャッター街だ――を闊歩しているか。

「こんな“大人の時間”に表参道を独占出来るってのも新鮮ね」
 急遽飛び込んできた仕事。穴埋めのようなそれを“拒否”する術は有ったのに、この口は一も二も無く“受諾”していた。でもまさか。
「……深夜まであるなら先に言えっての」
 詳細を訊かずに指示されるがまま現場に向かってしまった今日――いや、昨日の己と、有無を言わせぬ圧力を機械越しに押し付けてきた事務所の社長を恨みながら、しかし思考は眠気に圧されているのか、恨み節も最早上辺の惰性と化していた。
 小さな背を若干丸め、気怠げな双眸は等間隔に設置された街灯の青みを帯びた光をただ受け流している。
「はあ、寒い……」
 着の身着のまま、電話を切るなり文字通り玄関を飛び出した事を後悔し始めて小一時間。陽の明るさが無いので、春とはいえ流石に夜はひんやりと風が身を包む。
「――……あ、」
 そう言えば。ついこの頃転がり込んできた“居候”が出掛けに何か言っていたような気がする。何だったっけ。何せそんな“戯言”に構っていられないくらい、少女・ミキは急いでいた。
「ま、どうでもいっか……」
 至極投げ遣りに、どんよりとした灰色の雲のように脳みそを覆う眠気に漫然と思考を預け、足取り重くとぼとぼと通りを進む。人影は勿論、無い。――筈だった。

 ふ、と“気配”。感覚が勝手に己に害を為す“敵対者”だと判断した後、ミキは半眼のまま固まった瞼を押し上げて周囲を確認する。こんな丑三つ時だ、面倒な事は成る丈避けたいが――
「何処をほっつき歩いてんスか」
「……あ、れ……? ニル……」
 ぽかん。予想外の存在に、拍子抜けした表情を惜しげも無く漏らす。舐められた振りをして、いざとなったら“魔の手”を叩き潰してやろうと密かに意気込んでいたのに。何時でも構えに入れる体勢を取ろうと一瞬張った気は、その“聴き慣れた声”が耳朶に触れた刹那、なし崩し的に緩んだ。
 見上げた顔は何となく怒りを宿しているように感じて、反射的に口先で「ごめんなさい」と紡いだ。取り敢えず、“不審者”でなくて助かった。
「どうしたのよ、あんた」
 目の前の“居候”が、今度は“呆れ”を全面に押し出す。ご丁寧に、はあ、という溜息まで付けて。その態度を、若干鈍った頭で“バカにされた”と感じたミキが眉を顰める。
「“迎えに行く”って言ったじゃないっスか」
「……は? ええ、っと……そんな話有ったっけ」
 今度こそ、“居候”であるアンドロイド・ニルヴァーナは、訝しげにこちらを見遣る瞳に盛大に脱力した。“呆れ”を通り越して“感心”すら覚える。全く、この“標的”は……。
「……兎に角、帰るっスよ」
「あ、ああ……うん」
 さり気なく、極自然に絡められたニルヴァーナの右手。春の夜の風にも似た冷たさに少しだけ安堵して、ミキは左手の感覚を忘れまいと努めた。

深夜2時、表参道にて

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