(僕と彼女とこの墓地と)

『ねー、ちゃんと聞いてるー?』
「はいはい聞いてますとも」

 気怠気に返すと、あどけなさの残る表情が不満だと歪む。だけどね、君。

「僕はただの墓守りであって、君の彼氏でもなんでもな」
『どうでも良いじゃん、似たようなもんでしょ』
「はいはい、そうですか」

 そう、僕はただの墓守りだ。間違っても隣に座ってあーだこーだと愚痴る“彼女”のお守りの為に此処にいるのではない。ないんだけど、彼女はそんな事などお構いなし。
 何て言うか、生者である僕よりも死者である彼女の方がずっと自由だ。

「それにしてもテンション高いね。この墓地に来てから毎日喋りっぱなしじゃん」

 普通、というよりも他の死者達は、彼女に比べるとかなり大人しい。

『何よいけない? 貴方しか聞いてくれる人いないんだもん。皆反応薄いし』

 皆、とはこの墓地に葬られた人々の霊体の事。て言うかこの子、その“皆”の中に此処で一番大昔に埋められた偉人も含めちゃってる? だとしたら結構な神経……いや、霊体に神経はないか。“図太い奴”――よし、これで良いだろう。

「君、生前は余程大人しかったみたいだね」
『え……何で?』

 極端に言うと、生前ネアカだった人間は霊体だとこれでもかと言うほど大人しく、根暗だった人間は生前の鬱憤でも晴らすかのように煩い。要は性格に反動があり、精神的な部分のそれが表れる、というのだ。
 因みに、生前の記憶は死ぬ間際まできちんと残るか、死ぬ間際だけ覚えていないか、それとも全く覚えていないか、の3通りある。

『へー。そうなんだ』
「何そのどうでも良さ気な返事」
『だってそうとしか言う事ないし。初耳だし』

 そりゃそうだろう。死者に関する細かな情報など、僕の一族しか知り得ないものだ。
 と、そんな事は置いといて。

『じゃあ貴方、生まれてからずっと此処にいるの?』
「そうだよ。世界の墓地は僕等の一族がずっと見守ってきたんだ。赤子の時からね。何せ墓地多くて人手不足で」
『人手不足って……大丈夫なの、それ』
「仕方ないよ、大昔からこうなんだから」

 昔も昔、気の遠くなる程大昔。思えば僕も、この墓地を任されてから随分経ってるな。

「まぁ、僕の事はどうでも良いよ。話を中断したね、ごめん」

 話と言える程の内容はまだ始まっていなかったが、僕は彼女に続きを促した。

『墓守りって、暇なようで大変なのね。意外』
「そう? そんな風に言われたの初めてだ。てゆーか墓守り事情を幽霊に話したのも初めてだ」
『本当に静かだったのね、此処……』

 この墓地は生前がそりゃあもう(色んな意味で)騒がしい人ばかりで、寧ろ彼女は珍しい存在だった。初めて彼女がやって来た時は、古の説は正しかったんだ! と感動や納得をしたものだ。

「それより話の続きは? 終わり?」
『えーっと……私、何話してたっけ。いや、何話そうとしてたっけ』
「そこからかよ」

 思わず柄にもない言葉遣いで突っ込んでしまい、彼女がぱちくりと目を瞬かせる。勢いで口走ったとは言え、今のはちょっときつかったかな。

「あ……っと、ごめん」
『え、ううんこっちこそ』

 これまた勢いで謝ってから、二人の間に変な空気が流れる。
 別に気まずくはないけど、間が悪いというか、どきまぎする感じ。それは僕だけかと思えば、彼女も同じだったようで。

『……こういうの、久しぶりだな』
「え?」
『何て言うの? こんな、微妙な居心地というか、居づらい感じ。前はよく味わってたなぁ……私って色々と不器用でさー』

 爽やかに笑い飛ばす彼女の瞳が、ちっとも楽しそうじゃない事に僕は気付いていた。近くを見ているのかはたまた遠くを見ているのか、生前の経験を他人事のように考えようと押し遣る目だった。それは正に、“諦め”。
 そしてその時、僕は初めてきゅうっと胸が締め付けられる感じを味わった。切羽詰まるような苦しさはなかったけれど、それでもそこはかとない切なさがそこにはあった。

「僕がいるよ」

 唐突に真剣な声色で僕が話した事に驚いたのか、彼女はぽかんとこちらを見つめた。

「今は、僕がいるよ。幾らでも話を聞くから」
『貴方……』
「それに僕だって、長い間一人だったのも同然なんだしさ」

 笑ってそう告げると彼女も釣られてほんわかとした笑みを向け、何が面白いのか二人で何分も笑い続けた。
 だけど――霊体になってしまった魂に、幾ら墓守りである僕がどう接しようとしても――実体のある人間が"形のないもの"に触れる事は、どうしたって叶わない理なんだ。

僕と彼女とこの墓地と
(触れられないって結構辛い)

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