(死際-01)

「だつて、」

 彼女は然う言つて、僕の腹に短刀(ナヰフ)を刺した。にじり、と血の滲む音がして、僕は悲哀に揺れる彼女の瞳を唯じつと見て居た。

「だつて、貴方は」

 搾り出す様に言語を紡ぐ彼女の顔は、酷く不細工な彫刻の如き有様で、僕は心底可笑しくなつた。
 短刀から手を離した彼女の温もりは直ぐに消へ、僕は紅く染まる心身に訪れるであらう我身の終焉を悟つてみた。崩れ落ちる彼女はそれはもう可愛気が無く、僕はほとほと呆れ果てた。

「こんな物で、死ねると思ふかひ?」

 狂気に歪む彼女の顔が愛しひ。だが、彼女の事は真剣に愛して居た訳では無いのだ。
 僕は自力で短刀を引き抜き、どくどくと溢れる血潮に封をした。

「ひ……!」

 彼女は当然ながら喫驚し、どさりと力の抜けた人形の様に座り込む。

「嗚呼、何と愚かな君……僕を手に入れやうとするだなんて」

 短刀を適当に放り投げ、目の前の沈んだ眼で見詰めてくる彼女を見下すかの様に見遣る。

「あ、あ、ああ、あ……」

 壊れた蓄音機と例えれば良かろうか。化物を見てしまつた、然う訴える無意味な言葉の羅列。
 下らぬと溜息に其れを乗せ思考を新たにするが、現状は変化せず沈黙の海。

「非常に残念な事だが……」

 変はらぬなら、こちらが変へて遣れば良い。

「此処で死ぬのは僕では無い。……君だよ」
「な、…………」

 可哀相に、僕に然う告げられた彼女は困惑と同時に理解不能な精神状態へと追い詰められてしまつた。

「僕が君の死際を見送るのだ」

 然う私(ささめ)くと、彼女の生気は段々と薄れ、最早音を発する事も儘ならぬ様子であつた。
 僕は先程投げやつた短刀を気怠気に拾い上げ、切先を彼女へと向ける。黙した儘冷静な僕を彼女がどう思つたかは皆目見当も付かないが、然ぞ恐ろしく見えたろう。

「左様なら」

 断末魔を最期に遺し、彼女は絶え果てた。矢張り可愛気の無い振舞に辟易して、僕は其の魂を喰つた。

「嗚呼、不美味(まず)い」


死際
(現実は何時だってひっくり返る)

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