(強者(つわもの)彼女)
俺達は所謂恋人同士ってヤツの筈だ。事実、お互い気の置けない仲であるのは確か。
だが、友達から昇格したとは言えこいつの態度は全く変わらなかった。それはもう余りにも今まで通りで、こっちとしては些かどころではなくかなり腑に落ちない。
それは今こいつ――瀾(なみ)の部屋で、俺が我が家のように寛いでいても相変わらずで。
「おい」
「……何」
また今日も、数えてはいないが何度目かの俺とこいつの攻防戦が始まる。
「こっち向けよ」
「めんどい。何」
読書に耽るヤツを振り向かそうにもこの有様。
粘っても無理だと知りつつしつこく向かうが、それでも結局はこっちが折れる。
何でもないとだけ返すと、気のない一言が聞こえ、それきりまた沈黙。
ラウンド1、呆気なく終了。
隣にいるのに首を動かすのも面倒がるばかりか視線すらも本から動かない……誰か何とかしてくれないか。
「はぁ……」
溜息を吐いてもこいつが振り向く訳じゃないが、しかし心に飲み込むのも癪だ。
それに、この程度で諦める俺ではない。負けじと次のタイミングを窺う。
ラウンド2、開始。
今度は強行手段に出る。動く気がないなら、動かしてやればいい。
「なぁ、それ面白いのか?」
「別に」
ベッドに凭れている瀾の背を無理矢理こっちに向けさせ、そのまま腕を廻す。この際邪魔者扱いされても構わない。
体勢が変わったにも拘らず、瀾は無言でページを捲った。“別に”と言いつつ、それなりに堪能しているらしい。
「見ていい?」
「好きにしたら」
肩に顎を乗せそう請うと冷めた反応が返され、しかし何時もの事なので気にせず開かれたページの文字を追う。
内容は……正直難しくて分かるような分からないような、そんなものだった。そりゃ、面白いかと聞かれても困るだろう。
それでも口には出さず、黙って瀾と同じように読み進める。別に中身を知りたい訳じゃないし、適当に目線を動かしておけばいい。
……だけど、抑々読む気のないものを無理に見る必要もないんだよな。そう考えながら瀾の頭に擦り寄ると、気怠げでありながらも控えめな音量で“重い”と言われ、俺は苦笑して受け流した。
「いいだろ、これくらい」
「良くない、邪魔」
とうとうそう言われ、何処かでカチンとくるも俺は笑って、廻した腕に力を込めた。
本に集中してたって、恋人の存在を忘れさせる気はない。寧ろ本の存在を忘れれば良いのだ。
――なんて、たかが本に妙なライバル心を抱いているとこいつが聞いたら、きっと冷笑を浮かべるに決まってる。それでも良い、こいつなら……瀾なら。
とにかく、腕は離さない。引っ付いた体も離さない。
“鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス作戦”は、一先ず成功の一端をみた。まだこれからが勝負だ。
反応してはくれるが、目線は変わらず文庫本へ注がれている。この鉄壁をどうやって崩すか。
此処が山場。ラウンド2を終え、1勝1敗といった所。
ラウンド3を超えて延長戦になることも覚悟で引き続き案を練る。何とか気を逸らす方法がないものか。
――そうだ。
俺は思い立ち、熟考する事もなく即座にそれを実行した。後で殴られる気がする。
腕を緩めて瀾の横腹を擽る。表情を崩すことはなくとも、何かしらこっちを見てくれるかもしれない。そうすれば俺の勝ちだ。
「何がしたいの? 無駄、そんなことやっても」
相変わらずの無表情で俺の攻撃を躱す瀾はぴしゃりと言い放ち、いっそ冷酷に思える位だった。
だがこっちにも意地ってものがある。張り巡らされた隔たりを一つ一つ壊していくのも楽しいが、今は一気に中核へ進みたい。
――それが駄目なら、これはどうだ。
本をひったくろうと手を伸ばし、瀾の抵抗をものともせず取り上げる。言葉で敵わなくても、力ならこっちが上だ。
「最悪。邪魔すんな」
「お前が相手をしてくれりゃ済む話」
「してやってるじゃん」
「してませんー」
瀾の口が悪いのはご愛敬。それでもこいつに優しさはある。
奪い返そうとやっきになる様子はなく、仕方ないといった感じで寄りかかってきた瀾を抱きすくめ、恨めしげに見上げる唇にキスを落とした。
さて、明日はどんな戦いになるやら。
強者彼女
(冷たいけど暖かい、駆け引き)