「しーずちゃーん」

ノミ蟲に声をかけられても、俺は他人のふりをする。
仲良くないのに馴れ馴れしく俺の名前を呼ぶものだから、眉間に皺を寄せつつ平然とした姿で奴の横を通り過ぎようとした。

「へぇ、あんなことしておいて無視するんだ?」

奴の挑発には乗らない。そう決めて通り過ぎると奴に腕を力強く捕まれた。

「うぜぇ‥」
「ハハ、褒め言葉だよそれ」
「離しやがれ」
「昼間のシズちゃんは冷たいなぁ」

掴まれている手を振り払おうとするけれど、奴の言葉に動揺してしまう俺はおもいっきり振り払うことが出来なかった。

「昨日、シズちゃんが激しくするからすっごい腰が痛いんだけど」
「‥‥」
「‥あ!あの時のシズちゃんの顔と声、エロかったなぁ」

このまま好き勝手喋らせると、さらにエスカレートしそうだと考えて、咄嗟に奴を黙らせる為に唇を塞いだ。一番効率的な自分の唇を使って塞ぐと目を見開いて驚いていた。

「っん、」

抵抗もなくて静かになったことを確認して、ゆっくり距離を取った。すると、今度は奴が俺の唇を妖しい笑みを浮かべながら塞ぎやがった。

「てめっ!」
「シズちゃんは大胆だなぁ、たくさんの人が見てるのに」
「手前が黙らねぇからだろ」

いつもなら近くにある看板や自動販売機を投げ付けているはず。だけど、今日はそんな気になれずに奴の笑みを凝視するだけだった。

「そんなに見つめられると困るんだよね、もしかして誘ってる?」

挑発的な奴、それに振り回される俺。
そんな奴に俺も挑発することにした。

「手前‥今夜覚悟しとけよ」

少しだけ頬を赤くする奴の反応を見て、満足げに鼻で笑ってトムさんとの待ち合わせ場所へと向かった。



Fin..

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