「兄さん、」

池袋の人混みの中で幽に呼び止められるなんて思いもよらなかった。
例え、弟だとしても有名人に代わりない幽だ。しかも人気ときた。人が群がるのは当たり前で、いつもなら俺が居たとしても素通りする幽が声をかけてくれたことが嬉しかった。

だが、幽の声を聞き付けて周りがざわつき始める。

「幽!」

近くに幽のマネージャーらしき人物も居なかったため、このまま騒ぎに飲み込まれるのを見ぬ振りできなくて、幽の手を引っ張り路地裏へ足早に向かう。

「兄さん」
「ったく、何考えてんだ?」
「今日はマネージャーが居なかったから、声をかけてみただけ」
「だからってよ‥」

大きくため息を吐くと路地の壁に身体を寄り掛かける。

「それよりも兄さん、手‥痛いよ」

幽に言われて自分が幽の腕を握ったままだということに気付いて慌てて掴んでいた腕を離した。

「悪い!‥大丈夫か?」
「大丈夫。どうせなら、恋人繋ぎしてほしかった」
「何言って‥」
「だから、こうした方が痛くなかった」

そう言って俺の手を取り、指を絡めて繋いでくる幽は俺の反応を見て笑った。

「兄さんの顔、赤いね」
「幽のせいだろ」
「うん、久しぶりに会ったから兄さんをいじめたくなったんだよ」
「いい加減、俺で遊ぶの止めたらどうだ?」
「‥‥わかってないのかい?」

いつも無表情の幽の表情が少し険しくなったのと同時に握られたままの手に力が入る。

「兄さんには僕の気持ちが伝わってないんだ‥」
「幽?」
「僕はこんなにも兄さんのことを好きなのに、」
「‥悪かったな、好かれることに慣れてねぇんだよ」

気まずくなって視線を幽から逸らすと繋いだ手が引っ張られて視線を合わせられた。

「兄さん」
「な、なんだよ?」
「好きだよ」

たった一言で熱帯びる耳とひどく脈打つ心臓に言葉を失ってしまった俺に幽は顔を近付けてきた。

「か‥幽!」
「‥ふ、」

抱きしめるような形で俺の肩に自分の顎を置いて寄り掛かると耳元で小さな笑い声が聞こえた。

「兄さん、固まりすぎ」
「またからかいやがったな!」
「だって、面白いから」

そう言って幽は抱きついたまま俺の反応を楽しんでいた。
俺はそんな幽を振り払えず、ただ幽の微笑を見つめるだけだった。




Fin..

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