小説 | ナノ



「あ、」
「ん?」

ざざざ、とイヤホンから物音が聞こえて来て思わず声を漏らす。隣を歩いていた新山はそんな俺を一目見て何事か悟ったようだった。
左耳のイヤホンを外して、右耳だけ耳に突っ込んだ状況にしておく。弄っていた携帯を制服のポケットにしまい新山に話し掛ける。

「明日の時間割だけどさ」
「…ああ、なに。宿題とかあったっけ」
「明日提出じゃないけど金曜日に古典のプリント提出」
「うわーマジか。ミキ、明日写させて」

さっきまでお互い携帯を弄ってて無言で帰ってたっていうのにこの変わり様。新山もノリが良くて助かる。
何か、堪えるように含み笑いを湛える新山が突然吹き出さないかが心配だけど、今までにそんな失態はしていないから大丈夫だろう。

「そんな事してるから新山は成績が上がらないんだよ」
「うるせぇ」

細谷は、きっと家に帰ってすぐにイヤホンを着けたんだろう。着替えもしないで、俺の事を頭いっぱいにさせて、俺の事を少しでも早く知りたくて。
右耳からは、会話に集中しているのか息を潜めて極力音をたてないようにしているのかざざ、という音しか聞こえない。

「ねぇ、今日やるドラマって見てる?」
「あ? あー見てる見てる。あれ女優可愛いよな。ミキもああいう子が好み?」
「…うん、好きだよ」

言葉にした途端、イヤホンの向こうでカタ、と物音が聞こえて。それと同時に細谷の小さな呟きが聞こえた。
好き、って言葉に嬉しくなっているのか、それとも女優を好みだと言った事に嫉妬しているのか。
顔が見えないから分からないけど反応する細谷は本当に可愛い。どんな反応をするのか知りたくてわざとやったっていうのにね。

くすり、と笑みを溢すとそんな俺を見て新山がカチカチと携帯に何か打ち込みそのまま画面を見せてきた。
メール画面に表示されていたのは『悪趣味だな』の一言。俺はそれにしまった携帯を取り出してカチカチと返事を打つ。

打ち終わったそれを見せると、新山は呆れたように溜め息を一つ漏らしただけでまた話を続けた
俺も、不自然に話が止まった状態で細谷が変に思うのも嫌だったからその後も当たり障りのない会話を続けた

「じゃ、また明日ー」
「ああ、うん」

他愛もない会話を続けていると、分かれ道に着いた。新山は右、俺は左。最後にまた新山が携帯の画面を見せて来て。
書かれていた文字に俺はくすりと笑い、ばーかと口だけで笑った。俺がしている事を知ってて深く突っ込んでこない新山は、つくづく良い奴だけれど。


細谷響(ひびき)、同じクラスの地味めな奴。言い方悪くしたら陰キャラっていうのに分類されるような目立たないタイプ。
そんな細谷に優しく接したのは俺。最初は拾ってきた猫みたいに警戒心を露わにしてたけど次第にそれも無くなっていった。

話し掛ければ目に見えて嬉しそうにして、お昼一緒に食べようって誘えば顔を俯かせて照れる。
簡単に言ったら細谷は俺の事が好きだ、それこそ盗聴なんていうストーカー行為をするぐらいには

まあ、それは細谷だけに言えた事じゃないんだけど。最初に近付いたのは俺で、細谷に興味を持ったのは俺で。
でも、それだけじゃない。一番最初に話し掛けたその前からずっと、ずっと。俺は細谷が好きだった。

細谷は俺が好意に気付いていないと思っているけど、それ以前の問題だ。だって、細谷が俺を好きになるように仕向けたのは俺自身なんだから。
細谷が好きで、同じ気持ちになってもらいたくて。細谷が興味のある事を調べて共通点を増やして。

盗聴だってその手の内の一つだ。知るためには、それが一番役立つ。細谷はネクタイなんていう条件が限られているものに付けているけど。
…仕掛けられいる、だなんて事も知らずに宝物のように大切にする細谷が、馬鹿ででもどうしようもなく可愛い。

『……市瀬、好きだぁー』

イヤホンから聞こえてきた声。その声にはとろけそうなぐらいの愛情を感じて、笑いそうになるのを必死に耐えた。
こうも物事があっけなく簡単に進んでしまうと、ちょっと拍子抜けだ。俺も好きだよ、と声に出さずに呟いて、帰路を急いだ。


「ただいまー」

家に帰って、靴を脱ぎながら家の中にそう声を掛ける。夕食を作っているのか台所からの母さんからのお帰りなさい、という言葉を聞きながら階段を上る。
がちゃり、と部屋のドアを開けてブレザーとネクタイを外す。これでこっちから聞こえてくる声は小さくなった。

細谷も聞こえなくなった事で一旦盗聴を止めるんだろう。ここからは俺が聞く番だ、とイヤホンに意識を集中させる。
といっても、いつもの行動パターンでは細谷は着替えて夕飯の時間までごろごろしているからそこまで集中する事はないんだけど。

…ああでも、今日は新山とドラマの話をしたからきっと夜、ドラマを見るんだろう。明日俺と話すために。
少しでも共通の話題を振ろうと必死に勉強してるからなぁ、なんてこっそり笑う。その努力が凄く可愛い。細谷の話ならなんだって聞くのに。

から、と机の引き出しを開けてアルバムを開けば細谷の写真がずらりと並んでいる。そこに一枚、新しく撮ったものを追加する。
携帯にデータはあるけれど、もし壊したらと考えたら紙媒体でもあった方が良い。まあ、バックアップはとってあるけれど。

「…ッ、」

ざざざ、と酷いノイズが耳を刺す。あまりの音に思わずイヤホンを耳から外してしまった。
細谷、きっとあの音楽機器を握るか何かしたんだろう。大切にしてくれているのは嬉しいけど、耳が痛い。

細谷にあげた、ずっと使っていた音楽機器。俺の好きなものを知りたがっていて、共有したかったからっていうのもあるけどそれだけじゃない。
あの中に仕込んだ、盗聴器。細谷は勿論知らない。知っているはずがない。ネクタイなんかよりも身近だし、普段でも持っていられるから。盗聴するにはもってこいのものだ。

俺に好意を寄せている細谷が、俺があげたものを無下にするわけがないし。身に付けて離さないだろうっていう自信があったからこその行動だ。
元に、普段の学校生活でもずっとポケットにいれてるし、休みの日だっていつも持っているのか音がとても近く綺麗に聞こえる。

「…おばか、だなぁ」

何も知らないで俺を好きだと、信頼して、知りたいと思う細谷。全部全部俺がそうなるようにしたのに。
細谷がストーカーするように仕向けたのも俺で。だって、俺だけがこんなに好きだなんてダメだ。細谷も俺の事を同じぐらい好きでいてくれないと。

知らない、知らない。細谷がストーカーをするもっと前から俺が細谷をストーカーしていた事。
大事にしているそれはただの盗聴器で、行動を筒抜けにさせる道具の一つだという事を。…知らない、ばかな細谷。

「そんな細谷が、好きだよ」

くつり、笑ってアルバムの中の細谷の笑顔を指でなぞる。何も知らない細谷、もっともっと俺を好きになって。






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そんなわけで人気者←ストーカーと思いきやのストーカー→→→(中略)←ストーカーな話でした。
受けが攻めをストーカーしてたけど実はその前から攻めがストーカーしてた!
っていう気持ち悪いタイプの話を書きたかったのですが見事に失敗しました。


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