小説 | ナノ



学校から家に帰って早々、イヤホンを耳に付ける。まだ市瀬(いちのせ)は帰宅してないようで、市瀬と誰かの会話が聞こえてきた
きっと、声からしていつも一緒にいる新山(にいやま)だと思う、いいなぁ、羨ましいなぁ。俺も市瀬と一緒に帰りたい

まあそれが叶わないからこうして聞いてるんだけど、と会話を聞き逃さないようにじっとイヤホンに集中する
明日の授業の内容、今日の夜にやるドラマの話、何の他愛もない話をする二人だけど、俺にとっては大事な事だから全神経を耳にやる

それから暫くして市瀬と新山が分かれた、そっからの帰りは市瀬一人だ。声が聞こえなくなって少し寂しい
だけど、市瀬の足音とか僅かに聞こえる呼吸とかにちょっと興奮する。一緒に隣歩いてる気分

「……市瀬、好きだぁー」

ぽつり、とちょっと頭がくらくらしつつもそう呟く。秋葉原で格安で買った盗聴器はとても役に立ってるけど、やっぱり映像も欲しいなぁなんて欲が出てきた
いや、学校で毎日見れるけど。見れるけど…でもプライベートなところを見てみたいっていう、ね。


市瀬幹也(みきや)、まるで少女漫画に出てきそうなぐらいの好青年で王子様系の最高に恰好良い男。
見た目はパーフェクト、性格だって男女隔てなく接して心優しい。更に言うと頭だって良いし運動も率なくこなす。完璧すぎて怖いぐらいだ

そして、俺が片想いしてる相手でもある。俺が男で市瀬も男っていう事は気にしちゃいけない。
というか俺の一方的な好意でしかないんだから別にいい、市瀬に言う気もないし。俺はただこうやって市瀬を知れればそれで満足

市瀬とは二年のクラス替えの時に同じクラスになった、持ち前の完璧っぷりからクラス委員になってたっけ。
その時の俺ははっきり言って市瀬の事はいけ好かない奴だと思ってた。だってああいうのって大概腹黒いし。信用出来ないし
それがこんなストーカー紛いの事までするぐらい好きになっちゃったのは、まあ単に言えば優しかったからの一言に尽きる

俺は俗にいう陰キャラというようなもので。顔を隠すみたいにちょい長めのもさい髪の毛とメガネ。制服はきっちり着て第一ボタンまでしっかり締める
新しいクラスには俺と同じような陰キャラにカウントされる人がいなくて、いたとしても女子だけで。

つまりは全然喋らないで窓際でひっそりこっそりしているようなキャラなわけだ、俺は。多分周りからはオタクっていう風に見られてんだろう
俺はただもさいだけで別にフィギアにはぁはぁしたり、可愛い女の子が表紙を飾るような漫画も読まない。

まあ俺がそんな主張をするわけもないし、してもきもーいの一言で片付けられるだろうから何も言わないけど
そんなこんなでクラスから浮いてた俺に話し掛けてくれたのが、市瀬だったってわけ。ほら、体育の二人組で余ってた俺と組んでくれたっていう

それからもちょいちょい俺に話し掛けてきたり、一緒に弁当食おうって誘ってくれたり。普通に良い奴ですぐ見直した。
そりゃ最初は担任に言われてクラス委員だから俺を気に掛けてやってくれとか言われたんかなって思ったけど。
…でも、市瀬の表情を見てそれは無いなって思った。だってすっげぇ楽しそうに俺の話聞いてくれるし。疑う方が間違ってるっていう


『ただいまー』
「!」

イヤホンから聞こえる市瀬の声。ちょうど市瀬の事を考えていたから心臓がばくばく煩い。ていうか何か、市瀬にただいまって言われると一緒に暮らしてるみたいだ
いや、実際は俺じゃなくて市瀬は家族に向かって言ったんだろうけど。でも何か変に照れる。あー…

家に帰宅したらしい市瀬、とん、とん、と多分階段を上る音。自室に入ったんだろう。ばさばさと物音がする
そこで、ちょっと音が遠くなる。盗聴器はネクタイに仕掛けたから外されたせいだろう。ちょっと寂しい。

いつもはここで市瀬は自室から出て行ってしまうから俺もイヤホンを外して着替える事にする。
帰ってきてすぐに聞いてたから着替えてすらいなかった。盗聴器はもうアレだから分かんないけど、今市瀬何してるんだろう。気になるなぁ

明日また学校で話せるだろうか、昼誘ってくれるかな。その前に新山が市瀬に話し掛けてると一緒に食えないしなー
取り敢えず今日は市瀬が見るって言ってたドラマを見て明日の話題をづくりをしよう、うん。

そこまで考えて制服を脱いで部屋着のスウェットに着替える。掛けないとしわくちゃになっちゃうからちゃんとハンガーに掛けておく。俺えらい
ドラマが始まるまで暇だなってベッドに座った状態でぐいーと伸びをする。その際にさっきベッドに放った音楽機器が目に入った。

それを見止めて、思わずにやにやと頬が緩む。ところどころ傷がある、一世代前のそれ。だけど俺にとったらすっごい大切なもの。
音楽をあんまり聴かないって言った俺に、お古でよければってこれをくれた市瀬。つまりこれに入ってんのは市瀬がよく聴く曲ってわけで。

最初はそんな高いものタダで貰えないって断ったけど、新しいもの持ってるし使わないから…って言った市瀬の好意に甘えて貰ったそれ。
市瀬に貰ったことが嬉しくて、市瀬の好きな曲を聴けることが嬉しくて、いっつも持ってる。風呂とかそういう時以外は多分ずっと

ぼすん、とベッドに横になる。ぎゅっと音楽機器を握って天井を仰げば部屋の明かりが目にはいって、ちょっとチカチカした。
帰り際にまた明日ね、って声を掛けてくれた市瀬を思い出して心臓がぎゅって痛くなる。

「…市瀬と会いたい、なー」

制服を脱いじゃったから盗聴器はもう、役に立たない。もっと身近なものに付けたいけど、バレたらと思うとそんな大胆な事は出来ない
大体、ネクタイだと休みの日の事が分からない。ケータイ、じゃ流石にバレるだろうし…もっと近くてでも分かりにくいものに仕掛けなくちゃ







昨日は市瀬が言ってたドラマをしっかり見てから寝た。だからこれでドラマの話を市瀬と出来る…!
市瀬は朝あんまり早く学校に来ないから、ちょっとソワソワしながらもじっと机に座ったまま。市瀬が来る時間まであと8分…。

電車に乗る時間も知ってるからそれに合わせて校門に来るよう俺も登校したいけど、新山の事があんまり得意じゃないからそれは実行できずにいる。
俺が電車通だったらこっそり同じ車両に乗って後について登校できるのに、学校から家が近すぎるからチャリ通だ。くそ

クラスにはもう登校して仲良さそうに雑談してる奴らがちらほら。俺はじっと下を向いてイヤホンを耳に付けて盗聴をする。
それを聞きながら何度も今日話す事をシュミレーションしてみる。教室に入ってきたらまず挨拶して…で、昨日のドラマに話を持って行って…。

「おはよう、細谷(ほそや)」
「お、おおおはよう市瀬!」

ぽん、と肩に置かれた手。イヤホン越しにダブって聞こえてきた市瀬の声。ビックリしすぎて肩は大袈裟に跳ねるし声もどもった
急いでイヤホンを外して制服のポケットに捻じ込んで、振り返って市瀬の顔を見る。目が合うなり笑い掛けてくれた市瀬に顔が赤くなるのが自分でも分かった

笑う市瀬の背後で、呆れたような何とも微妙な顔付きでこっちを見てくる新山が見えて、一気に気分が下降する
新山とは性格が合わないのもあるけど、市瀬の親友っていう存在だから更に気に喰わない。我が物顔でいつも隣にいやがって

「細谷、何聴いてたの?」
「え、え、や、あの…市瀬から貰ったやつ、聴いてた。」

口をへの字にしていると、市瀬が自然な動作で俺の隣の席に座る。う、羨ましい。あとで椅子交換したい。だって市瀬が座った椅子とか…
けど、聞かれた内容が内容なだけに分かりやすいぐらいびくついてしまった。そして嘘まで。いやでも盗聴してたなんて言えない

「…ふぅん?」

そういえばって、昨日のドラマの話をしようとしてたら見てただけだった新山が口を挟んできた。
にやにやと笑いながら俺を見てきて、それが物凄く不快だ。何だ、言いたい事あんなら直接言えよ。

市瀬の前だからそんな事口に出せずにひくひくと頬を引き攣らせた。なんなんだ、本当に
市瀬は意味深に笑う新山に無視を決め込んだようで特に何も言わずに曲は増やさなくて平気?だなんて聞いてきた。

市瀬が俺との会話を優先してくれてるって考えるとこの会話を今すぐ録音したくて仕方がなかった。
この前市瀬が飲んでたパックのジュース貰って、ストローを部屋にとっといてあるけど、今日はそのこと以上に嬉しい、やばい


裏へ続く


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