「死に、たい」 机に伏せたままそんな物騒な事を口にする俺に、横に座る柳(やなぎ)は特に何も言ってこない。 ちらり、と顔を動かして視線を柳に向けると俺の言葉なんて最初から聞こえていなかったみたいに文庫本に視線を落としていた いつも通りの無反応っぷりに、いっそ安心すらしそうだ。…やっぱ嘘、普通に寂しい。 曲り形にも付き合っているんだから、恋人が死にたいなんて口にしたら心配するとかしてほしい 柳が冷たいのは今に始まった事じゃないけど、ていうか付き合う前からコイツは俺に冷たかったし。 ぶっちゃけ何で柳が俺と付き合ってくれたのか分かんない、ただ玉砕覚悟で告白したらオッケー貰っちゃっただけで。 手は繋いだ、ちゅーもした、それ以上の事も付き合って半年ぐらいでした。傍から見たら順風満帆な交際をしてるのかもしれない 俺だって我儘は言いたくない、だけどやっぱり寂しくなるし。だってダチの時と何一つ変わらない柳の態度。甘さのカケラもない だってちゅーとかは俺から柳に強請らないと絶対にしてくれないし、それだって何回もお願いしてから 更に言うとすっごい嫌そうに顔を歪めてするもんだから本当に何で付き合ってんの状態だ 人前で、男同士だから人に見られたくなくてべたべたするのを断られるのは分かる。俺だって公衆の面前の前でべたつこうとは思わない けど、二人きりのときにべたべたするのも拒否られるって何なの。ていうか俺の存在無視で本読んでるってどうなの 「……やなぎぃ」 「んだよ」 読書の最中を邪魔したからか柳はいつもより不機嫌そうな声で言葉を返す。…まあ返事してくれるだけまだマシだ 本当ならその本を奪って俺だけ見るようにしてみたい。でもそんな事したら怒った柳に別れを持ち出されそうだからぐっと我慢する 「なぁ、俺の事好き?」 「……うぜぇ、邪魔すんな」 一刀両断。若干泣きそう、けどまあ今の質問は確かにうざかったかもしんない。女の子みたいな事聞いちゃったし 腕をぐぃーって机の上に伸ばして足をばたばたさせる。柳は本を読み終わらない限り帰る気がないようで、俺はその間とても暇だ する事も無いので適当に自分のバックを漁る、飴でもないかと探したけどお菓子系は何もない、暇潰せそうなものもないし 何の飾りっ気もない、某スポーツメーカーの自分の筆箱を開いて意味もなくカッターをカチカチ出し入れする 例えば、この刃を出したカッターを手首に当てて線を引いたら。柳はどんな顔をするんだろう 流石に焦るのかなあ、いやでも柳の事だから何してんだお前って冷やかに言われる気もする 心配してくれる姿よりも、血で汚すなよって迷惑そうに顔を顰める柳の方が容易に想像できて、その事にちょっと落ち込む 死にたい、死んでしまいたい。そしたら柳は多少なりとも動揺する気がして。そんな馬鹿みたいな理由で、死にたいなんて軽々しく思ってしまう どろりどろり胸の内に何かが溜まっていく、構ってほしくて、でも柳は俺を見てもくれなくて。じゃあやっぱり見てくれるように何かしなくちゃ駄目なんだろう その結果が自殺って何だか中二病みたいな考えだって思わず自嘲する。でもどうしたら柳は構ってくれるんだろう べったべたに甘やかしてほしいわけじゃない、だってそんなの柳のキャラじゃないし。正直そんな柳は気持ち悪い ただ、二人きりの時ぐらいは俺を見てほしいなぁって、それだけ。つまらなくて、カッターを少しだけ肌に刺す。 けどそれ以上、力を込めて自分の身体を傷付ける勇気も無くて。こんなんで死にたいのか俺マジ構ってちゃんかよ、気持ち悪っ ちらり、柳の横顔を窺うとやっぱり俺なんかめっちゃガンスルーして黙々と小説を読んでいた 綺麗な横顔に、ああちゅーしたいなって漠然と思う。でもさっき読書の邪魔しちゃったからまた邪魔したら怒られそう 怒ってるときは柳、俺の事見てくれるから正直嬉しいけど俺マゾじゃないし、つうか好きな人に怒られても喜べないから…思うだけ。 何かもう考えもぐだぐだしてきて、もうダメだって腕に顔を埋めて伏せる。柳が本読み終わるまで多分あと一時間ぐらいある。 俺はそれまで何してようか、何もする事は無いんだけど。構ってほしいなぁ、でも構ってもらったらそれだけ本が読み終わるまでに時間がかかるしなぁ 何なんだろうね、俺は柳に何求めてんだろう。この構って欲しさはもう好きだからとかの域を超えてる気がする 俺を見てよ柳、俺寂しいよ。うさぎみたいに寂しくて死んじゃうよいいの?今度うさ耳でも着けて来てやろうか。したらちょっとは俺の事見てくれっかな 死にたい、死んで柳の興味をちょっとでも引きたい。だって寂しい、恋人ってもうちょいお互いに好意を持ってる状態じゃないの? 多少なりとも好きじゃないと男なんかと付き合わないとは思うけど、でも愛情をあんまり感じない。 でも死んでも柳が悲しんでくれたりしなかったら俺それこそ悲しい。…悲しまないまでもせめて動揺とかして欲しい、な。 けどさっき手首にやったみたいに自分で死ぬのはちょっと無理、こえーし。ていうかカッターで死ねんの?っていう。痛い思いだけして終わりそうな気がする。 ああ、そっか。なら簡単じゃん、自殺しなければいい話だ。ああでも柳はきっとしてくれないんだろう、けど… 「…殺してよ、柳」 ぽつり、そう呟いた声は顔を伏せていたせいもあって俺にしか聞こえないような篭って声量のない大きさだった。 柳は勿論何も言わない、ていうか俺が何か言ったのかも知らないんじゃないか、本に集中してるし。 寂しくて、このままうだうだ考えてるとうっかり泣きそうになりそうで。俺は顔を伏せたまま一時間寝る事にした。 起きて柳がいなくなってたら本当に泣きそうだ、なんて笑えない事を考えて俺はゆっくり目を伏せた だから、気付かない。俺の呟きに柳が嬉しそうに口角を上げていた事に。知らない俺はまた柳に構って欲しくて悩むんだ。 それが柳の策略だって知らないで、やなぎって、もう耐えられないって泣きつくまで俺は悩み続ける −−−−− 本当は自分の事だけで頭いっぱいにしてほしくてわざと冷たくする攻めっていう話。 どんなに頑張っても振り向いてくれなくて、ぼろぼろになったところで攻めが手を差し伸べて陥落させるのが理想 main |