小説 | ナノ
もう遅い


朝起きてリビングに行くと美味そうな朝飯が用意されてた。ごしごしと目元を擦りながら席に着く
とろとろのオムレツと、ボイルされたウインナー、こんがり焼かれたトースト、小鉢に入ったサラダとデザートのジャムがかかったヨーグルト。
とても美味そうだ、作った張本人はどこにいるんだと辺りをきょろきょろ見回すけど、いない。あれ?

まあいいか、と早速飯に手を付ける。毎朝メニューは違うけど律儀に用意してくれるアイツはお人好しだと思う
もそもそと飯をパンに齧り付いてると、ばたばたと物音。それと同時にバン!と大きな音を立ててリビングのドアが開いた

「あ、おはよう充(みつる)さん。ごめんね慌ただしくて」
「んー」

まさか俺がもう起きて飯を食ってるとは思ってなかったらしい圭吾(けいご)は、驚いたように一瞬目を見開いた。
けど次の瞬間には柔和な笑みを浮かべて俺に挨拶をする、まあ確かにこの俺がこんな時間から起きてんのは珍しいけど

「食べ終わったら食器はそのまんまでいいから、お昼は冷蔵庫にあるからチンして食べて。後は…」
「いいから早く会社行けよ。いつも通りだから分かるっつうの」

スーツ姿の圭吾はテキパキと俺に指示をしながら身なりを整えていく。サラリーマンは朝から大変そうだ。
なんて暢気に考えながらコップに注いだ牛乳を飲みながら思う。まあ俺には関係無い事なんだけど


「じゃあ、えっと……行ってきます」
「いってらー」

俺がオムレツにケチャップをかけてぐちゃぐちゃと混ぜていると、準備を終えたらしい圭吾がやけに畏まってそう言った。
ああそういや、見送り的な事も滅多にしないからなーなんてぼんやり思う。まあ俺が起きるの遅いせいなんだけど。
俺の気のない返事に嬉しそうにはにかんだ圭吾はそのまま会社に向かう。俺はのんびりと朝食を摂る

「…ねみー」

ぽつり、と呟いた言葉は自分以外は誰もいない空間にやけに響いて、それを紛らわすようにテレビを点けた。
朝のニュースが流れてるのが見えて、お気に入りのアナウンサーがいなくなってる事に気付く、マジかよ




俺は働いてない、かといって学校に行ってるのかと聞かれたらそれも答えはノーだ。高校は卒業済み、けど進学も就職もせずにだらだら過ごしてる。
ニートか?いや、それ以下のヒモ生活を暢気に過ごしてる成人済み男性。それが俺。ああなんて駄目人間

俺の面倒を見てくれてるのは、一緒に暮らしてる圭吾。食事は朝昼晩毎回作ってくれて、俺は飢え無し。
家にはお金なんて全く入れないで、働きもせずにごろごろして過ごす日々。ふらっと遊びに行くお金だって圭吾持ち。

言われなくても自分が最低っていうか人間としてかなり底辺にいる事は分かってる、堕落しきった生活を送ってる自覚はある。
けど、働かないで日中ごろごろしたりPCしたり、漫画読んだり。外出て菓子買いに行ったりパチンコしたりとかそういう楽な生活は捨てられない。

こんな生活送ってるだなんて母さんが知ったら悲しみそうだけど、俺が圭吾の家に住んでるのは誰も知らない。
学生時代の友達も、両親も、それ以外の知人も俺がこんなヒモ生活を送ってる事を知っている奴はゼロだ。

何でかって言ったら、まず俺が恥ずかしすぎて周囲と連絡を全く取ってないから。言えるわけない、ヒモ生活だなんて
外を出歩くのだって日中だから俺と同年代の奴らは皆働いてる。つまりは全然会わないって事で。


ぼんやりとテレビを見ながらそんな事を考えていると、皿の上が空っぽになってた。満腹になった腹をさする。美味かった。
食器は圭吾が帰ってきたら片してくれるから俺は何もしないでテーブルの上に放りっぱなし。
水に浸けたりもしない、言われてないし。つうかそのまんまでいいって言われたから。後はもうスウェットに着替えてぐだぐだしてれば日が暮れる。

今日は何するかなーなんて頭を掻きながらリビングを後にする。溜まったドラマがあったしそれを消化するのもいいかもしれない
ああでも一回PC点けてネサフでもするか。ケータイは不要だからと解約しちゃったし暇。
やる事なんもないって逆にストレスになるかもしれない、まあそういうときは寝てれば時間が過ぎてくれんだけど





「……暇だ」

ビデオ見たり菓子食ったり寝っ転がってごろごろしてたら日が暮れた。圭吾が帰ってくるまであともうちょい
けど毎日この調子じゃやる事もないし、退屈で死にそうだ。せめて話し相手でも居たらいいのに。
でもそしたらこの家に誰かあげる事になるのかー、話し相手っていうからには見知らぬ相手だと気まずいし顔見知り…ってそれは駄目だ

圭吾が帰ってくるまであと一時間ほど。ネットは特に目ぼしい事は無かったし、つうかもう見飽きたっていうか
やる事…やる事…と部屋の中をうろうろしながら考えていると腹がぎゅるると間抜けな音を立てた。
欲望に直球な自分の身体がちょっと恥ずかしい。…けど、腹減った。冷蔵庫の中を覗いてもすぐに食えそうなものは無い。

「…作る、か?」

そうだ、おかずの一個でも作っといたら圭吾も喜ぶんじゃないか。普段何にもしない俺が料理でもしたらアイツ感動して泣きそうだ。
そりゃあいいとばかりに、冷蔵庫の中の食材で何が作れるかと考える。卵と、ウインナーと、朝食で使ってるものがあんな。
オムレツでも作るか、朝食ったけど俺凝ったもんなんか作れないし、焼くだけだし簡単な気がする

そう思ってフライパンを取り出そうとして、……見つからない。てっきり棚にしまってあるかと思ったらない。
あれ、どこにあんの。え、どこだ。やべぇ、家事なんて全然しないから何処に何があるのか知らない。
フライパンどころか調味料の場所も油の場所も知らない。勝手に荒らしてキッチン汚すのは気が引けるし…

取り敢えずあんま荒らす範囲じゃない感じで捜索しよう、圭吾をビックリさせてやりたいしこんな事で挫折はしない。
フライパン、は見っかった。棚の奥にしまわれてた。でも塩胡椒と油が見つからない。どこにしまってんだ圭吾。
どっちも頻繁に使うだろう、そんな分かり難いところにしまうなよ、俺が分かんなくなっちゃうじゃんかよ



「ただいまー」

「…げ」

そんな事をしている間に、圭吾が帰ってきてしまった。わたわたとその場で焦るけど、フライパンを取り出すために荒らしてしまったため周りが汚い。
取り合えず押し込めて片付けようとするけど上手く入らない、くそ!ばれる!いやばれんのは別にいいけどばつが悪い

がちゃがちゃと物音を立てながらも片している間に足音が近付いてくるのが分かった。やばいやばい間に合わない
つうか帰ってくんの早すぎだ圭吾、なんて責任転嫁にも程があるぐらいの事を考えるぐらいには焦ってる

「充さん? 何してるの?」
「は、はは…」

駄目だった、普通に見つかった。怪訝な顔をしている圭吾と目が合って、気まずさから苦笑いしか出てこない。
置かれてる卵もろもろと辺りに散乱する調理器具で俺が何をするつもりだったのか分かったらしい圭吾も苦笑を浮かべる。

「…充さんは何もしなくていいんだって、言ったよね俺」
「いや、たまには俺も料理しようかと…」
「何処に何があるのかも分からないのに?」
「うぐ」

正にその通りで、俺は何も言えず俯く。迷惑っていうか、余計な事をしてしまった。
俺は何もしなくていいってこの家に来たときから言われ続けてた事なのに。それに対する罪悪感は最初はあったけど今はない。
圭吾は何でもやってくれるのに俺は寝てるだけなんて…とかは思わない。多分この生活に慣れきっちゃったから

「充さんは、ぜーんぶ俺に任せてくれればいいんだよ。俺が何でもするから」
「…ん、取り敢えずこれは片付けるな」
「いいって、充さんはソファーに座ってて?」

肩を押され、キッチンからリビングに強引に移動させられる。そのままソファーに座らされてやる事もなくぼんやり座った。
手持ち無沙汰になって俺が散らかしたものを片付けてくれる圭吾にちょっと申し訳なくなる。

「圭吾、さんきゅーな」
「ん? ははは、俺としてはもっと頼って欲しいぐらいだから」

そう明るく言った圭吾は男の俺からしても最高に良い男だと思う。俺が女だったら惚れてた。確実に。
圭吾と一緒に暮らし始めてから自分で何かすることが極端に減って、めっちゃくちゃ依存っつうか頼ってる感があったけど…
まあ圭吾がそう言ってくれるなら俺は遠慮なく頼るか。ちょっとは自分でも何かしなくちゃって思うけど…甘い生活からは抜けられそうにない



−−−−−
どんどん侵略されちゃって、気付いたら攻めがいないと何も出来ないぐらいに堕落すれば良いと思います



main