小説 | ナノ
赤い糸


「やっと見つけた、俺の運命の人」

そう言ったのは学校じゃあ王子様って有名な、すっげぇ騒がれてる人気のある奴だった。確か、隣の隣のクラスだったっけ。
にっこり笑って俺の手を取った王子様は何を言われてるのか分かんなくてぽかん、とする俺を余所にキラキラとした笑みを浮かべる。

あまりの至近距離に顔が引き攣る、恭しく俺の手を取り白い手で指先をなぞるその手付きに鳥肌が立って反射的に距離を作った。
そもそも、王子様が何を言っているのか俺には理解不能だし、そもそも俺と王子様は知り合いじゃない。
だって俺、王子様の本名すら知らねぇし。見かけた事はあっても多分目すら合った事ないはず。

「えー…っと、人違いじゃねぇ?」
「まさか!」

頬が引き攣りそうになるのを、精一杯の愛想笑いを浮かべて我慢してそう言うと、王子様はぎゅっと俺の手を握り直して言った。
どうしてそんな自信満々に言えるのか全然分からない、白くて綺麗な手がぎゅっと俺の手を握る。

そして、右手の小指を掴んだかと思うとそのままぴん、と立てさせた。やばい、行動までも意味不明だこの王子様。
何だ何だと行動の意図が出来ず固まる俺を無視して、王子様は自分の左の小指を俺の目の前に翳した。
けど、その小指に変なところなんて無いし、普通に白くて爪の形も綺麗な王子様の小指だ。何、…は?

「え、ちょ、何すか」
「…ああごめんね、この感動を君にも伝えたかったんだけど…」

見えないから分からないよね、何て言った王子様は手は離さずぎゅっと掴んだままだ。どうしよう、大丈夫かコイツ
あまりにも今の状況に着いていけずに固まる俺を、にこりと笑って見つめた王子様は俺と彼の小指を目の前に翳した

「ここに、あるんだ。赤い糸」
「……」

ああ駄目だ、この人あれだ。電波系。顔が良い人って残念な事に頭おかしい人が多いって西村が言ってた。
関わっちゃいけない部類の人だったんだ、王子様は。や、今がっつり現在進行形で関わってるけども。

何て反応していいのかも分からなくて、ははは、と乾いた笑みを漏らすと王子様は嬉しそうに微笑んだ。
そして、形の良い口唇をゆっくり開いて笑った顔も美しいねなんてトチ狂った事を抜かしやがった。
駄目だ、コイツ完璧手遅れだ。病院レベルとかじゃない、完璧にもう病院が匙投げるレベルにやばい

「悪いけど、そういうの信じないんで」

学校で大層人気のある王子様が実は電波なんて他の奴等は知ってんだろうか。…いや、知ってたら普通つるまないか
これを言い触らしたら楽しい事になりそうだけど、そもそも信じる奴等の方が少なそうだ。
ていうかあれか、これ何かの罰ゲームだったりして。ちょっと頭緩い振りして適当な人間に告ってこい的な。

だったら話に付き合ってやる事もないと、…や、まあ有り得ないけどマジな話だとしても付き合う義理は無いんだけど。
取り敢えずこの電波王子とこれ以上関わりたくない俺は握られた手を離し、こつ、と一歩後退さる。
そのまま自分の教室まで逃げようと王子様に背中を向けて走り出そうとした瞬間、腕を掴まれる。

冷たい手が指に絡みつく感覚、ビックリして掴まれた腕を見れば、王子様がさっき翳してた左手を俺の右手と絡めていた。
気色悪い上に質が悪い王子様に、ぞっと鳥肌が立つ。え、なに、冗談じゃねぇの?手ぇ離せよ気持ち悪ぃな

「信じる必要はないよ、だって俺達が赤い糸で結ばれている事はもう揺ぎ無い事実だから」
「は? 意味分かんねぇし」
「大丈夫、この糸が切れる事は無いから。」

いやいやいや、会話のキャッチボールしようぜ。誰か今直ぐ精神科医連れて来い。手遅れな患者がここにいるぞ
男に手を繋がれてるっていう事実と、その繋いでる男が電波王子だっていう事の二重の意味で気持ち悪い。
愛しそうに小指の付け根を撫でる王子様は、まるでそこに赤い糸があるとでも言っているようだった。

「君も直ぐに俺に惹かれてくれる。だってこれは運命だからね」

そう言って、離さないよとそっと囁いた王子様はさっき握っていたよりも更に強い力で俺の手を握り締めた
ぞわぞわと、気持ち悪くて鳥肌が立つ。握られた手を離そうとしても、それ以上の力でがっちり掴まれた手は解けてくれない

「…っキモいんだよ! 放せっつの!」

耐え切れなくなって向かいに立つ王子様の鳩尾を思いっきり蹴り飛ばすと、一瞬怯んだ王子様は力を緩めた
その隙をついて、腕を引き剥がしじりじりと後退さる。王子様は蹴られた腹部が痛いのか動かない、よし。

「…っ、だめ、だよ」
「い゛っ! なに、す…っ」

苦しそうに腹部を押さえたまんまの王子様が、俺の腕を掴む。ぎり、と爪を立てられて痛みから顔が歪む。
おい、いい加減にしろよ王子様。何そんなマジになってんの、頭可笑しいだろ完璧、手ぇ放せって!

「だめだ、駄目なんだ。これは運命だから俺らは結ばれなくちゃいけない、そう決まっているんだ」
「っひ、」

ぶつぶつと不気味な事を言って顔を近付けてくる王子様は、綺麗な顔を歪めて何か焦っているようにも見えた。
立てられた爪は痛くて、鼻と鼻がくっ付きそうなぐらい近い距離に、身が竦む。王子様の吐息がすぐ近くで感じて、気持ち悪い。

「大丈夫、この赤い糸が全て導いてくれる」

何にもない小指を愛おしそうに撫でられて、気持ち悪さがマックス通り過ぎて普通に吐きそう。
きもい、きもすぎる。けどそんな事を言い出したり逃げ出す事は出来なかった、王子様の鬼気迫る顔に、上手く身体が動かない。
誰か助けて、この電波男どっか連れてって、ホントにもう無理っつうかきもい、きもすぎる!


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