小説 | ナノ
3


部室の鍵を開けて、室内に入る。相変わらずきったない部室だ。ゴミとかそこら辺に散らかってるし。
男だらけで集まってるし、綺麗好きもいないから仕方ないって思ってたけどここで飯食うんだしある程度綺麗にした方が良いのかもしれない。

そんな事を思いつつも長机に荷物を置いて、パイプ椅子に腰掛ける。その際に机の上にあった荷物を端に避けておく。
紺野は真向かいに座って、来る途中に買ったジュースを飲み始めてた。いいな、アロエジュース美味そう。

俺はケータイを片手で操作しながら、カバンの中から昼飯を取り出して齧り付く。ちなみに今日の昼はコンビニのパンとおにぎり。
いつもは母さんが弁当用意してくれんだけど、今日は寝坊したとかで作ってなかったから学校来る途中で買った。

もさもさとコーンマヨパンを食いながら、ちらりと向かいの紺野を盗み見る。弁当を箸で突っついてる紺野は、食欲が無いのかあんま食ってない。
…あれ、やっぱ体調悪い?いつもより元気がないように見えてちょっと不安になる。テンション、低い気もするし。

「こん、」
「ねぇ圭人」
「……なに」

紺野、って呼ぶはずなのにその前に俺の言葉に紺野が言葉を被せてきたせいで俺は反射的に押し黙った。
ちょっと間を開けて返事を返すと、突っついてただけでちっとも弁当を食ってなかった紺野は箸を置いた。

目が合うと、へらりと笑う紺野はいつものように好きだよって言った。何回言われても慣れない言葉に、自然と口がもにょもにょしてしまう。
ここは俺もだって返した方が良いんだろうけど、でもそれならちゃんと好きって言葉を伝えたい。

そんな事を思って何て返そうか口を開いたり閉じたりしていると、紺野は更に言葉を続ける。
聞いてるだけで赤面しそうな、本当に俺が好きなんだなって、そう思っちゃうぐらい甘くて優しい声。

心臓がぎゅって、苦しくなって。むず痒い。頬に集まる熱に気付かれたくなくて顔を逸らす。
…ホント、こっちが意気込んでるっつうのにその勇気打ち砕くみたいな事しないでほしい。いや、嬉しいんだけど。
でも、そんな愛情込めて言われちゃ俺の一言なんか霞んで見えちゃいそうな気がした。だって、二文字言うのにも精一杯なのに。

紺野は、俺が好きだっていっつも言う。俺にだけ、好きだ愛してるって言う。俺みたいにノリでなら簡単に言える人種じゃなくて、多分本当に好きな人にしかそういう言葉は言わないんだろうなって思う。
その本当に好きな人、っていうのが俺だって思うと照れ臭いっていうかうわあああってなるんだけど。

「圭人は、俺の事好き?」
「…っ」

紺野のその一言に、心臓がばっくんって大袈裟なぐらいに跳ねた。言わなくちゃ、言わなくちゃ。言わなくちゃ…!
俺もお前の事好きだって、紺野に負けないぐらい大好きだって。そう言えって自分に指示を出すのに。

緊張からか、咽喉が渇いて口を開いても言葉が出てこない。くそ、伝えたいのに、紺野から貰った愛情をちょっとでも返したいのに。
言葉を返さない、というよりかは返せない俺をどう思ったのか。紺野は少しして諦めたように溜息を吐いた。

違う、そんな寂しい顔させたいわけじゃなくて。寧ろ喜んで欲しくって。だって、俺お前の笑ってる顔好きだから。
思ってる事全部、紺野に伝わればいいのに。そしたら俺がどんだけ紺野が好きかっていうの全部伝わるじゃんか。


「もういいよ」

ぼそり、と紺野が何か呟いたかと思うとカタ、と音を立てて席を立つ。まさかそのまま出て行っちゃうんじゃないかって焦る。
けど、俺の考えとは反対にこっちに歩いてきた紺野は、俺が座ってる場所の真横に立った。

何となく、座っているのが居心地悪くて俺も立つ。紺野と向かい合うように立つけど俯く紺野の表情は見えない。
それがどうしようもなく不安になる。いつも明るい紺野なだけに、どうすればいいんだって、そんな事がぐるぐる頭をめぐる。

「圭人は絶対俺には好きだって言わないよね」
「…え、?」
「結城とか、他の奴には好きも愛してるも言うのに。…俺にだけ言わない」
「それ、は…!」
「別に恋人なら名前呼び、とかは言わないけど一回も俺の名前呼んだ事も無いしね」

違う。言わないんじゃなくて言えないんであって。名前も、好きって言葉も口にするにはすっげぇ勇気が必要だから。
友達に言うような軽い気持ちで言いたいわけじゃないから、紺野は恋人だからちゃんと心込めたくて。
でもそんな事考えたら余計に言うのに言葉が詰まって。でも、俺、今日こそはって考えてたんだ。

「いいよ、無理しなくて。圭人は優しいもんね」
「ちがう」
「でも、さぁ。俺がどんな気持ちでいたか知ってる? 知らないよねぇ?」
「いッ、!」

優しい声色だったのが一転して、嘲笑するみたいに紺野がそう言う。言葉と共にガッと腕を掴まれて、ぎりぎりと拘束される。
俺の腕を掴む紺野の指が、手が、震えるほど強い力。自然と眉を顰めて痛いと口にした。

いつもなら俺が嫌がるような事は絶対にしないのに、俺の言葉を聞いて笑うだけの紺野は更に力を込める。
ぎりぎり、ぎりぎり。ただ掴んでいるだけじゃなくて、絶対に放さないとでもいうかのような雰囲気を感じて、一歩後退さる。
それを見止めた紺野は今度は自嘲するかのように、やっぱり俺だけなの?と問い掛けてくる。その言葉の意味が分からなくて、俺は言葉を返せない。

「圭人が俺以外に好きだって言うたびに、俺は死にそうだったよ? 俺が渇望して止まない言葉をただの友達が簡単に貰って。俺がどんだけ気持ちを伝えても圭人は返してくれない。それどころか他の人にやって。…ねぇ、楽しかった? 圭人が好きで好きで堪らない俺は楽しかった?」
「ちが、違う。俺はそんなつもりじゃなくって…っ」

知らなかった、紺野がそんな事を考えてたなんて。だって、何も言わなかったじゃんか。ただ好きって、そう言うだけで。
………けど、言葉を貰うだけで返さなかったのは俺で。紺野も俺の気持ちを分かっててくれてるはずだって思ってたのも俺で。

「…でも、ごめんね?」
「っ、ぁ」
「俺けいとの事だいすきだから、はなしてあげられないや」

掴まれていた手が紺野の方に引かれて、そのまま俺は紺野の肩に顔を埋めさせられた。腕から手が離されて、今度は背中に手が回された。
ぎゅうぎゅうと痛いぐらいに俺を抱き締める紺野は、すきとごめんを交互に言って、呆然とする俺を拘束するみたいに腕に力を込めた。


俺が紺野の事を好きだって、たった二文字だけど伝えたら。きっとすっげぇ嬉しそうに笑うに違いないって。
顔なんか赤くさせちゃって俺も大好きだよって、そう言ってくれるに違いないって思った。

「俺だって…すき、だ。」
「いいよ、慰めなんか」

きっと、その想像は間違ったものじゃなかった。くしゃくしゃの笑顔で場合によっちゃ泣いたりなんかしちゃってさ。
その笑顔見てこれからは気持ち伝えていこうって思ったりして。余計に紺野の事好きになったりするんだ。…そうなる、はずだったんだ。

でももうその未来になるには遅すぎて。だって紺野の口からは自嘲の言葉。俺の言葉なんか信頼しちゃいない。
なんで、なんで。俺だって紺野の事好きなのになんで伝わんないの。もっと早く素直になればよかった?なあ、なんで。





−−−−−−−
人にはそれぞれ愛の形があって、それを理解しきれなかった話。
紺野は圭人の事が好きすぎて、隠された心理まで見えなかったのではないでしょうか。
お互いにもう少し余裕があれば、きっと…。


main