小説 | ナノ
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「うっわ、宿題やんの忘れた…!」

次の授業の世界史の教科書を机の中から取り出してぱらぱら適当に中を見てたら出てきた一枚のプリント。
それは前の授業で宿題として出されたもので。すっかりやんのを忘れてた俺のプリントは見事なまでに白紙だった。

やべぇチャイムが鳴るまであと五分もねぇ…これ終わんないだろ。集めんのが授業が終わってからだったらいいけど絶対直ぐに集めるだろうし。
まともにやっても絶対に終わる気がしなくって、きょろきょろと辺りを見渡す。…と、丁度良く隣の席の田中(たなか)がプリントを机の上に置いてるのを発見。

「田中、プリント貸して!」
「なに、お前やってなかったわけ? ばっかでー」
「うっせ」

俺の言葉に田中は馬鹿にしたように笑った。しょうがないだろ、すっかり忘れてたんだし。
つい反射的に悪態を吐いちゃったけど、田中は特に気にもせずにプリントを渡してくれた。おま、良い奴…。

「サンキュ田中、お前マジ良い奴! 大好きだ…!」
「ははは、漸く俺の素晴らしさが分かったか」
「うーわうっぜ、ごめん撤回するわ」
「よしよし、そんなにプリントを見せて欲しくないのかお前は」
「わああ嘘、嘘だから! やだなぁもう、愛してるぜ田中くん」

俺達のあんまりにも馬鹿なやり取りにクラスの奴等は呆れたように笑ってる。つうかこんなコントやってる場合じゃないっての。
もっかい田中にサンキュ、って短く言ってプリントの空欄を埋めてく。字ぃきったねーけど大事なのは埋まってるかどうかだ。


…しかし。冗談とかノリだとこんな簡単に言えんのになぁー…、いざ紺野に言おうって思うと無理だやっぱり。
本気で好きなのに、それを言葉として伝えらんないのって何か嫌だ。言葉だけじゃなくて、態度もまともに示せないのに。

…今日の昼、とか。ちょっと挑戦してみようかな。クラス違うけど紺野休み時間ごとに俺のとこに来るけど。
でも時間あんま無い休み時間内でそんな素直になるっていうか、言える気がしない。から、昼食う時とかに…。

すき、って。たった二文字なんだから簡単だ。現に田中にはふっつーに言えたし。つうかクラスの奴等になら軽く言える。
紺野だから、紺野だからこそ簡単に言えないんであって。…でも、やっぱさ付き合ってんだし。

俺が紺野の事好きだって言ったら、絶対に喜んでくれる。嬉しそーに笑って俺も俺も!って言ってくれるに違いない。
そう考えたらまあやる気が出てきたっていうか。単純だけど、素直になってみて損は無いはずだし。

…だから、一緒に飯食う昼休み。いつもは絶対に言えない言葉を紺野に言ってみようと思う。
慣れてないからどもるかもしれない、すっげぇ時間掛かっちゃうかもしんない。それでも、言いたくて。
言われてばっかじゃ、紺野からの愛情を貰ってばっかじゃ何か申し訳なくて。俺もお前と同じぐらい好きなんだって、示したかった。




「ゆうきー、紺野いる?」
「あー…ちょい待って」

なんとか宿題は写し終わって。その後の授業も滞り無く終わってついに昼休み。授業中色々シミュレーションなんかしちゃってその度にうがーってなった。
何かもう顔熱いし。…くそ、まだ紺野と顔も合わせてないっつうのに。改めて紺野って凄い。あんな好き好き言えんだから。

昼は一緒に部室で食う事にしてるから、部室の鍵持ってる俺が紺野のクラスに行ってそっから部室に向かう。
ちなみに部活は文芸部。部員は俺と紺野だけ、つっても活動なんかしてないから本当に部室だけの存在だけど。

でも、部員は俺達だけだから部室は遊び場みたいになってて俺と紺野と、あとつるむメンバーぐらいしか近寄んない。
だから昼はいっつもそこで食う、この学校、でかいし生徒数多いから屋上とかも人いっぱいいんだよ。何か、そういうところで紺野と一緒に飯食うのって照れんじゃん

そんなわけで紺野を迎えに来たわけで。丁度教室から出てきた友達の結城(ゆうき)に紺野を呼んでもらう。
こんのーって教室の中に向かって何とも気の抜けた声を出した結城はじゃあなって俺の肩をぽん、と叩く。

どうやら購買に行くとこだったらしい。うわ、邪魔しちゃったな。購買はいっつも戦場のようになってるから人気のパンなんかは買うの一苦労なのに。
その背中にサンキュー結城ちゃん、愛してんぜ!って冗談っぽく言うと、くるりと振り返った結城は何かこっちに投げてきた。

見事ナイスキャッチした俺は、手の平のそれを見る。どうやらアメみたいだ。けど俺の嫌いな苺味。
知らなくてなのか知っててのわざと嫌がらせで寄越してきたのか分かんない辺りが微妙だ。どっちかっていうとわざとっぽいけど。

けどまあ有り難く頂いておく事にする。後で紺野とか、そうじゃなくても適当な奴に渡しておこう。
そう考えて、アメを尻ポケットにしまう。…でも何かこのままにして忘れちゃいそうだなぁ。んー…


「……圭人」
「わ、っ紺野、いつからいたの」

どこにしまおうかって悩んでると、トン、と背中に人。聞こえてきた声に振り返ると紺野が立ってた。
けど、表情が暗い。あれ、具合悪いのかそれとも機嫌悪い?もしかして授業中めっちゃ当たったとか?それはついてないな

「何かあった?」
「んーん、何でもない! 圭人、大好きっ」
「…っ」

でももし具合悪いなら保健室行かなくちゃだしなって聞いてみると、紺野はにぱっと明るく笑って俺の手をぎゅっと握る。
何か先越された気分、いやまあ紺野はいつも通りなんだけど。…でも今日の俺はいつもの俺とは違う、絶対言って見せる…!


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