小説 | ナノ
愛形


「けーいとっ!」
「わっ」

背後からがばっと抱き着かれて、思わず大袈裟に肩が跳ねた。そんな俺の肩口に顎を乗せてくすくす笑う紺野(こんの)。
羽交い絞めみたいにぎゅうぅっと抱き締められて、ちょっと苦しい上に暑苦しい。顔あっつくなんだけど。

「圭人(けいと)可愛い、大好き」
「ッ、止めろって」

ちゅ、と首筋に一瞬だけ寄せられた口唇。場所考えろって!くそ、何で赤くなってんだ俺。
へばり付く紺野の顎をぐぐ、と手で押し返して何とか距離を作ろうとする。…まあそれ以上の力で抱き着こうとしてくるんだけど。

「圭人ちょうすき。かわい、ちゅーしていい?」
「…っ!」

ふって耳に息吹き掛けられて、それに反応する俺を見て楽しそうに笑う紺野。変態臭いっていうか何つうか。
いくら放課後で人が少ないって言っても俺達がいる場所は学校の廊下で、いつ人が来てもおかしくない状況で。

そんな中でキスしていいなんて到底言えるわけも無くて無視を決め込む。直ぐ調子に乗るから紺野には無視が一番だ。
つうかさ、コイツ今までどこにいたの。俺が日直の仕事してる間どこに行ってた、ちょっとぐらいは手伝えよ。

「けいとー?」
「……」
「けぇと、無視しないで俺泣いちゃう」
「………。」
「…、」

何度呼ばれても何の反応もしないで教室に向かって歩みを進める。相変わらず紺野が背中にへばり付いてるから歩きにくい事この上ない。
それでも何も言わずにいたらとうとう黙った紺野。勝った…!って、別に俺は紺野と勝負なんかしてない。

すっと、背中にあった紺野の体温が離れてく。ぴったりくっ付いていた紺野がちょっとだけ離れて、でもその代わりなのか手だけはしっかり握ってきた。
この学校、ホモだらけだから別に見られて困らないのかもだけど、それでも俺は手ぇ繋いでるところあんま見られたくない。

別に紺野と付き合ってるっていうのはクラスの奴らには知られてるし今更なんだけど。でも恥ずかしいじゃん、普通に。
さっきだってくっ付いてきただけで心臓ばくばくだし、手だって汗ばんでないかってちょっと不安だしでもうやばい。

いつも通りの顔装うだけで精一杯なんだけど俺。だから、頼むからキスとかは止めて、俺無理。
耐えらんない、憤死する。お前は恋愛に慣れてるかもしんないけど俺は初心者なんだ、加減しろ紺野。

「圭人、怒ってる?」
「……別に」
「ほんと!? 圭人優しい! 大好きっ」
「…はいはい」

珍しく声がマジで沈んでたからちょっと可哀想に思えてきて何とも可愛気の無い答えを返す。
だっていうのに紺野は本当に嬉しそうに顔を綻ばせてぎゅっとさっきまで繋いでいた手を離して腕に抱き着いてきた。

夏で暑いっていうのにべったりくっ付いてはっきり言って不快。汗かいてべたべたしてるし。ああもう本当に暑苦しいな。
じとり、と締まりのない顔を晒す紺野をちょっと睨み付けると、それすらも嬉しいとばかりに破顔された。…くそ、調子狂う。

「圭人、圭人!」
「なに」
「愛してるよ圭人ー、ちょうすき、やばいぐらいすき」
「…あっそ」

何なのコイツ、イタリア人の血でも入ってんじゃないのか。だからこんなくっさいセリフ言えるんだ。   
俺は絶対言えない、だって恥ずかしいじゃん。紺野とは違って俺は純日本人な性格なんだ、無理無理。

面と向かって好きとか言ったのは、多分二回ぐらいしかない気がする。紺野と付き合うときと、紺野があんまりにも好き好き言うからつられて、みたいな。
客観的に見たら俺薄情、っていうか紺野の片想いみたいな状況かもだけど俺だってちゃんと紺野の事好きだし。

じゃなきゃキスとか、それ以上の事とか、つうかそれ以前に付き合ったりしねぇっていう。ただ、恥ずかしすぎるだけで。
名前で呼ぶにはレベル足りなくていっつも名字呼びだし、好きとか愛してるっていうのはいざ言おうとすると言葉が詰まるし。

手だって緊張で手の平汗ばんでるのが自分で分かってるから紺野が繋いでこない限りしないし。
キスだって、心臓壊れそうになるから自分からは勿論、紺野からされんのも避けたい。だってこんなかっけぇ奴の顔が間近とかやばい。マジもう憤死する。

態度には殆ど出さないけど、俺はちゃんと紺野の事が好きだ。紺野だって俺が好きだっていうのが自惚れとかのレベルじゃないぐらい感じる。
なんだかんだいって上手くいってる俺らは、高校卒業しても一緒にいるんだろうなってぼんやり考えた。

将来の事は正直あんまり考えていないけど、卒業して大学行って、そんで就職して。全部一緒ってわけにはいかないだろうけど…。
でも、出来る限りは一緒に過ごしていきたいなって我ながら臭いって思うぐらいには恥ずかしい未来を想像して照れた。





続く


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